あらべい会 第8回
    さらば東芝本社ビル
              (文)小野智史  (写真)小野智史(*)、石恬m


    
「旧道」途中にある懐かしい東芝ビルの銘板の前で

「東芝」は、2025年度上期中に本社を川崎市へ移転し「東芝本社 浜松町ビル」は、2027年までに解体を終了する、、、」との報に皆驚いた!

あの東芝本社ビルが無くなる!!

さらに新聞には

「さらば全盛期の地・・・東芝が芝浦から川崎に本社機能を移転 8月中に残る1,700人がお引っ越し」(東京新聞)と報じられ、9月からは解体工事が開始されるという。

1984年、社名を(株)東京芝浦電気から(株)東芝に変更すると同時に、本社機能を全て集約するために高さ165.9m(地上40階、地下3階)の東芝ビルディングは全東芝社員の希望の象徴としても竣工された。

「東芝ビルの雄姿」をいつまでもしっかりこの目に焼き付けておくには今しかない!
2025年9月16日「あらべい会」仲間と浜松町を訪ねることとした。
参加者は、大川、柏木、小野山、浪本、杉岡、内藤、石塚の諸氏と小野の8名である。            

浜松町駅に早く着いたので「浜松町駅開業1909年」の銘板を観たら、今年で116年目の駅とあったが、その銘板の下に張り出さされていた紙には大幅工事の通知と通路変更の通知が、、、
この地区の大規模な変革工事が現在進行中であることを実感!

      

   
                                   
撤去や通行止めの通知案合(*)

浜松町駅の構内の窓から「東芝本社ビル」を写していたらタイミング良く、モノレールと京浜東北線と同時に写すことが出来た。本社ビルの席からは、羽田空港と浜松町駅を行き来するモノレールが眼下によく見え、時にはぼんやりと見入ったことを思い出した。

    
      
上をモノレール、下を京浜東北線が走りその向こうに東芝浜松町ビル(*)

上の写真では、「東芝本社ビル」の先に既に「東芝本社ビル」よりも高いビルがそそり立っているのを確認できた。大きく変わりゆく浜松町、なんか寂しい気持ちが湧いて来るのを抑えられなかった。

また構内で浜松町駅開業100周年記念のパネルを見つけ、ここで集合写真を撮った。
パネルには浜松町名物の「小便小僧」が描かれている。

    
      
浜松町駅開業100周年記念パネル前で
    
実際の小便小僧の像は、京浜東北線の下りホームの田町駅側の最先端部に設置されている。
1955年(昭和30年)に山手線から京浜東北線が分離され、新しいホームが作られたときに寄贈されたものだという。

    
     
今年70歳になる小便小僧。毎月、季節に応じて衣装を替えるのでも有名。
     この写真は佐藤幹郎さんが9年前のクリスマス時に撮影したもの。


駅から「東芝本社ビル」へ向かったが、我々が歩いた「旧通路」は解体工事が始まっており、隣に立派な「新通路」が完成していた。

     
       
旧通路にて

     
        
新しく開通した通路

丁度中間地点付近で辛うじて「東芝本社」の看板が残っていたので、皆でその看板を思わず撫でながら写真を撮った(冒頭の集合写真)

「東芝本社ビル」に到着したが、1階フロアには、既に人影が無く工事関係者のみであった。 「受付」のテーブルは、まだ搬出されていなかったので、皆で「受付」ボックス内に入り記念撮影。

      
        
受付嬢になったつもり?

      
        
玄関ロビーの椅子で一休み

1階フロアのエレベーターホールを見た瞬間、小生の本社での懐かしい思い出が次々と頭に浮かび 、
胸が一杯になった。

「東芝本社ビル」完成2年目で37階にある「生産技術推進本部」(生推)に配属になり、初めての本社勤務を経験しました。
東芝全体の設備投資を司る本部で、小生は、エレクトロニクス部門(半導体部門、電子部門、回路基板部門)担当で、他には、重電部門、軽電部門、材料部門など5名メンバーで(生推)長直轄の業務を担当していました。

半導体の工場、関連会社の拡大に伴い、小生担当の エレクトロニクス部門は、全社設備投資の大半を占めており、その実現のため苦労したのは、今でも忘れられない想い出です。

37階の同じフロアには、(生推)の他に(総務部)(総合企画部)(建築部)があり全社的な業務を担当していました。

同じフロアの(総合企画部)には、現在の野口宇宙飛行士の父親の野口さんが直ぐ側の机で勤務されていて時々会話をしておりました。 野口さんから「小野さんの趣味は?」と聞かれ、「バロック音楽」ですと答えて「バロック音楽」の蘊蓄を聞いてもらった想い出があります。

37階の勤務では、大きな地震も経験しました。高層階での横揺れは予想以上に大きく、机にしがみついても床を滑ったのには驚きました!
同じフロアの(建設部)に聞いたら笑顔で「揺れるように造ってあるから大丈夫だよ・・・・」には参りました。

私にとって本社勤めの最大の思い出は、上役のお供で東芝の海外拠点を訪問し、地球一周の出張をしたことです。

こんな思い出に浸っているうちに、どうしても、エレベーターホールからもう一度上層階へ行ってみたくなり、同じフロアにいた工事責任者と話をしたら、
「各階とも現在取り壊しの排出作業に入っており残念ながら無理です」
とのこと。
折しもエレベーターホールの窓越しに外を見たら、大型トラックに事務机やロッカーなどを搬出し、積載している情景を見ることができました。やはり寂しい限りです。

定礎の写真を撮り、玄関を出、東芝本社浜松町ビルを見上げて目に焼き付けながら、昼食会場である「福の花浜松町店」へ移動した。














                  
                     これが見納め東芝本社浜松町ビル


本社浜松町ビルから、今日の昼食会場「別邸福の花浜松町店」へ移動、一杯やりながら歓談のひとときを過ごした。

              
                  
別邸 福の花

この店では山口県の伊予灘、周防灘、響灘、玄界灘などの豊かな海の幸を使用した「特製御膳」のランチを美味しくいただいた。話題はいつもの高齢者の健康?の話よりも専ら「東芝本社ビル」の話に終始した。

     
        
昼食会の様子

殆どが85歳以上になり後期高齢者との社会のランク付け中で、皆で何とかメンバー全員がが元気で過ごしていけますようにと心より祈った。

2025年本社所在地も川崎市に移した「新生東芝」は組織のスリム化と連携強化”のため主要事業所や研究開発部門がある川崎地区に集約を図って行くようです。

「浜松町ビル」は日本最大級の解体規模と言われ、2027年までに解体を終了し、野村不動産
主導する浜松町再開発計画「BLUE FRONT SHIBAURA」に組み込まれ、高さ253mの
ツインタワーN棟(S棟は既に完成済み)へと生まれかわる予定だそうです。

我々が誇りにして来た東芝本社ビルがこの世から消える事になり限りない寂寥感を禁じ得ないが、
「新生東芝」が今後逞しい東芝に飛躍することを心から願いペンを置きます

                                〜おわり〜