北陸研修旅行 第二日目
深作 三郎
今回の北陸研修旅行はコース・予算等で石塚さん川崎さんが大変ご苦労されたと思います。
案内されるがままに旅行をしたが、帰って来てどう移動したか改めて位置関係を追ってみたら上記のようになった

二日目は芦原温泉(まつや千千)→丸岡城→白川郷→川崎さんお宅→甚六→ホテル(グランドホテルアネックス)であった。以下順を追って報告します。

ホテル(まつや千千)から丸岡城まで
朝部屋が暑くなって目がさめた。寝る前にクーラーを切って丁度よい室温だったが夜中に室温が上がったらしい。
石塚さんは「夕べ俺たちの部屋で二次会をやったとき、進藤さんがクーラーの電源を切って帰ったので朝起きたら汗びっしょりだった」
風邪を引いている会長も「大汗をかいたので、風邪悪化でもう旅行を続けるのは駄目か!と目が覚めた」
など進藤さんが犯人に。
彼に濡れ衣を着せるのは気の毒に思って「俺が切りました」と告白した。部屋に入った時は寒いくらいだったですよ!
寝汗を流すのに、入浴可能な5時を待って朝風呂に入った。けっこう混んでいた。
天気もよく野外風呂の冷気が気持ちよい。今日の行程が楽しみだ。みんな食欲旺盛、朝飯をしっかり食べた。

「今日の日程は長時間になるから」との川崎さんのリードで、少し早めに8時にホテルを出発した。
社長以下お姉さん達が熱心に見送りしてくれる。
よく寝たはずだが眠気を感じながら越前平野をひた走る。植えて間もない稲のみどりが美しい田んぼが続く。
運転手さんが突然「あれがヤンキースの松井選手のミュジーアムですよ」と教えてくれたので慌ててカメラを向けたが過ぎ去ってしまいシャッターチャンスを逃してしまった。
一昨年に立て直され総工費5億円の豪華な偉容が田んぼの中に一際目立っていた。
車内から辛口のコメントあり。
「何かラブホテルみたいなデザインだな。以前は無料だったのにいまは300円取るらしい」


丸岡城見学

8時25分に丸岡城に着いた。城郭には3階建ての天主閣が聳えている。
織田信長が柴田勝家に越前の国の統治を命じ、勝家が1576年に甥の勝豊に築城を命じて造ったのがこの丸岡城。
日本最古の城であり、国宝であったが昭和23年の福井大地震で倒壊し、昭和30年に修復された。
現在、重要文化財となっている。急な階段をロープにつかまりながら3階の天守閣まで登って周囲の景色を楽しんだ。
城の前には本田作左衛門重次が陣中から妻にあてて書いた有名な
「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥せ」
の石碑が立っている。
福井県丸岡町はこれに因んで、新一筆啓上、往復書簡「心のこもった日本一短い手紙」というのを毎年募集しているらしい。入選作が沢山掲示されていた。その中の一つ。

「(往)お父さんへ 俺のテストの成績が悪いのは遺伝やと思ってるんやけど」
「(復)息子へ 失礼な奴やな。後で二階へ来い。お母さんの成績表見せたる」
まつや千千での朝食風景
福井県丸岡町にある
丸岡城(**)
永平寺
9時20分に出発して9時50分に永平寺に着いた。観光客の姿は少なく、参道を上ってゆくと、まだ少年の面影が残る黒衣姿の修行僧が境内の清掃を行っていた。

曹洞宗大本山永平寺は、今から約750年前の寛元2年(1244年)、道元禅師によって開設された出家の道場。
33万平方メートルにも及ぶ広大な敷地には、山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司などの 修行の中心となる「七堂伽藍」をはじめ、70余棟の建物が、樹齢600年を越える杉の巨木に囲まれて静かに佇み、まさに深山幽谷の雰囲気を醸し出している。
現在、240名の雲水たちの厳しい禅の修行が行われているという
境内の清掃をする修行僧(***)
参拝入り口にて(*)→
最初講堂に入り、修行僧から寺の歴史、建物の配置等の説明を受けた。
食堂兼寝室にあたる僧堂、浴室、トイレにあたる東司では昔ながらの厳しい修行のルールが今でも適用されていて、一切私語が禁じられているという。
それから回廊を巡り、建物内を順次見歩いた。全体が谷あいの斜面に沿って建てられているため実質三階建てになっており、階段を上り下りするのが結構大変だ。
階段や廊下が大変きれいに清掃されているのが印象的であった。
永平寺全景(*)
建家を結ぶ階段(*)
杉の巨木に囲まれた中雀門(#)
傘松閣の天井画、222畳の大広間に河合玉堂、伊東深水らに
よる230枚の絵が並ぶ(***)
道元が中国からの帰途、大時化をなだめて航海を助けた
と伝えられる一葉観音(***)
ちょっと疲れたね どっこいしょ(***)
世界遺産 白川郷
11時に永平寺を出発し北陸自動車道にのる。さらに砺波インターチェンジで東海北陸自動車道に入り、13時20分に世界遺産 白川郷に着いた。ロングドライブである。
バスを降りてぶらぶらしていると、大きさの犬にであう。種類はグレートデンと飼い主が教えてくれた。性格はおとなしそうで背中をなでても大丈だった。岐部さんはすっかり気にいってた。

昼食が遅くなり、まずは腹ごしらえを優先。うどんそば店に入りなめこそばを注文した。料理が出てくる間に川崎さんは観光案内所に行って案内図を貰って来てみんなに配布した。
川崎さんの気配りに感謝。
なめこそばは冷たく大根おろしが辛く美味であった。濁り酒(どぶろく)を飲む人もいた。
お腹がいっぱいになり、白川郷最大の観光スポットである「和田家」で落ち合うこととし、自由散策となる。
グレートデンに出会う。ここの住人???
なめこおろし蕎麦と濁り酒(***)
100軒あまりの合掌造りの家は半分以上が観光客相手の売店や民宿になっているとのことだが、集落を歩くと田んぼや用水池などが多く残っていて昔の農村の雰囲気を充分味わうことができた。
いたるところに季節の花が咲き乱れ、民家とのコントラストが何とも美しい。

和田家住宅は白川郷の中で規模、格式とも随一を誇る合掌造り民家で江戸時代につくられた母屋、土蔵、便所などが残されている。当時はこの家一軒に20〜30人もの人たちが生活していたという。

田んぼと家と花(***)
和田住宅前で(***)
その後バスが乗り入れるのは難しいとされる道をベテラン運転手にお願いし集落が一望出来るという展望台へと登る。空と木の緑の中に集落が佇んでいる。
川崎さんによればライトアップされた夜景が、とくに冬、雪の中に浮かび上がる集落の様子が何とも絶景だという。

15時20分に展望台を出発した。疲れたのか皆んな眠りこんでいた。16時30分に金沢グランドホテルアネックスに到着した。
展望台から白川郷を一望(#)
川崎さんお宅訪問
ホテルに荷物を置き、4台のタクシーに分乗して川崎さんのお宅にお邪魔した。
白い蔵が美しいお宅も三八会研修旅行でもう三度目の訪問となる。
前日、庭の雑草を抜き、苔むすきれいな庭を整えて準備したという当主の心遣いがうれしい。

金沢名物ドジョウの蒲焼等の肴でいろいろなお酒をいただいた。
川崎さんが「当家にはあらゆる酒があるよ」と言うと、石塚さんはすぐそれに乗って
「例のモルトの原酒を開けよう」と言う。
誰かが「これは第2回北海道研修旅行のとき、余市のニッカウイスキー工場で川崎さんがうれしそうに
“これは高いお酒だよ”といって買ったお酒だよ」と言うと「それは飲めない」と言って止めた。
何しろいまだに話題となる「忘れ物事件」があった時のことだから。
代わりにサントリーブランデーを開けた。
川崎家で酒盛り開始(***)
奥様またまたお世話をかけました(##)
甚平
16時20頃川崎さんお宅を出発した。金沢の街をそぞろ歩きしながら今晩のメーン会場尾山「甚平」に向かった。
途中、近江市場を通り過ぎるとき、川崎さんから「北陸はいま新らっきょを漬ける季節、小粒のものほど珍重される」の言葉を聞いたせいか、進藤さんが目敏く店頭で見つけ生ラッキョウを買う。
店のおばさんに漬け方を一生懸命メモを取りながら教わっていた。
帰ってから早速漬けたようで三八会例会などで試食する機会がありや?楽しみである。
甚平での宴会が始まり料理が次々でてくる。加賀料理は見た目にもきれいに作られている。
川崎さんの懇意にしているお店のようで前回の三八会研修旅行でも来たとのこと。

私めは梅酒のオンザロックが美味しかったのでグイと飲んだら効いてきてしまい、うなぎのどんぶりに箸をつけただけで後の料理は食せず、あえなくダウン。ホテルに帰った時間も覚えていない。
風呂にも入らず寝てしまったが翌朝空腹で目が覚めた。

二日目のレポーターとして報告しやすいある種の事件が起きないかと期待していたがそれもなく、スケジュール通りに順調に進行し、天候にも恵まれ楽しい旅行が出来たのは何よりであった。


                                     以上


           
写真撮影:深作、渡辺(*)、早川(**)、佐藤(***)、川崎(#)、石塚(##)
           
             地図制作:佐藤






らっきょ漬けのレシピを教わる(***)
甚平にて