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楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。この旅もはや最終日となってしまった。
今日は佐渡で最後にして最大の観光スポット佐渡金山の見学である。
まずはホテルのバスで新潟交通相川支所に寄り、ここで荷物を預けて佐渡金山へと向かう。
見学観光コースはいくつかあるらしいが、足許がおぼつかないのが三人ほどいるため、中川先輩はそれを
考慮して、道遊坑コースを選定して下さった。
道遊坑(どうゆうこう)コースは別名明治官営鉱山コースともよばれ、坑道、トロッコ、機械工場、粗砕場など創業当時の様子がそのままの姿で残されているという。
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佐渡金山 道遊坑入り口へ
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坑内は予想したより照明が暗く、少しして目が慣れると周りが見えるようになってきた。照明の具合も実際に
掘削が行われていた当時の状態を再現しているのだろうか。そうだとすると、江戸時代に手堀りで行っていた
宗太夫坑の方は想像を超える暗さだったに違いない。
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鉱石を積んだトロッコを牽引した蓄電池式機関車 恒温を利用した酒類貯蔵所
当時の展示の他に坑内には酒類貯蔵所があった。年間を通じて8〜13度Cと温度が保たれるのを利用して、ここで
2〜3年間熟成させた銘酒を造っているそうだ。この日の温度計は10度Cでした。
さらに進むと、横穴のような昔の掘削跡が残されていて、説明板に「無宿人休憩所」とあった。
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無宿人休憩所 説明板
無宿人とは今流に言えばホームレスなのであろうが、調べてみるとどうもそうではない。
江戸時代に、素行などに問題があり、親類縁者から追放された者たちや、犯罪を起こしたものの罪が軽かった故に放免された連中で、無宿人とは犯罪者予備軍であったらしい。幕府は彼らを金山の労働力として強制的にここに連れてきて、過酷な労働を課したようだ。
この無宿人休憩所とは名ばかりで、自分たちが掘り進んだ土砂の上に体を横たえて、ひとときの休息をとったのであろうか。
しばらくして出口があり、地上へ出る。暗さになれた目には新緑がまぶしい。左手には道遊の割戸が見える。
道遊の割戸とは江戸時代の露天掘りの跡で、山の頂上付近から金鉱を掘り進むうちに、山がV字場に割れたような
姿になったもので、山頂部の割れ目は幅30メートル、深さ70メートルにもなるという。
ガイドの長田さんによれば、坑夫が頂上付近から命綱にぶら下がって掘り進んだという。まさに人間の果てしない欲望がこの山の姿に凝縮されているのだ。
道遊の割戸
中川さんから左手の坂道を上がって、高任神社まで行くと、このV字の下に大きな横から掘られた大きな発掘跡が
あり、道遊の割戸全体が迫力ある姿で見られるとの提案があった。見ると結構きつい坂である。まず私がギブアップ宣言をし、足を痛めている小野山さんがこれに続いた。写真だけは撮ってきてくれと、カメラを石塚さんに託した。
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道遊の割戸の下
あとで写真を見ると上の写真のようになるほどの迫力であった。皆が高任神社に向かったあと、小野山さんと近くの機械工場の見学をした。
機械工場の内部
機械工場はかって鉱山で使用された全ての機械類の修理や部品の製作を行っていたところで、旋盤やフライス盤などの工作機械が並んでいた。修理部品を島で「自給自足」していた苦労が偲ばれる。
またトロッコを引く蓄電池式機関車の充電装置や、これらを工場から出し入れするのに使用したロータリー式の操車機(ターンテーブル)が残っていた。
充電装置
機関車の操車台
修理工場の一角が展示室になっていて、佐渡金山の歴史やそれに関連する資料や品物が閲覧できるようになっていた。
佐渡金山といえば「江戸時代から近世まで、人力で、過酷な条件下で行われていた金鉱採掘」というイメージを抱いてきたがこの展示室を見ることにより、全く間違っていたことを思い知らされた。
明治が始まると同時に、ドイツを中心とするヨーロッパの最新技術をいち早く取り入れていたことがわかった。
佐渡鉱山は世界をリードする最先端のハイテク鉱山だったのである。
金を10ミリグラムまで秤量出来る当時最高の化学天秤や精製した金を納める金庫など、展示品を見て回った。
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金の秤量に用いられた精密天秤 金を納めた金庫
明治中期に宮内庁の所轄だった金山は三菱合資会社に払い下げとなった。三菱の社章の変遷や、鉱山の建物に使われた社章の入った瓦などを興味深く見学した。
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三菱マークの変遷 三菱マーク入りの瓦
やがて高任神社から降りてきた連中が機械工場の見学を始めた。
外へでると、腰を痛めて歩くのがしんどそうな荒木田さんがトロッコに乗って休んでいた。
「よく頑張って行ってきたね」と声をかけてみた。
トロッコで休む(?)荒木田さん
その後、道遊の割戸が一望できる高任公園に移動し、皆で集合写真を撮る。
高任公園にて
貯鉱舎の脇を通り、出口へと向かう。途中、鉱石が積まれたトロッコがあった。操業時のにぎやかさは遙かに遠い時の
彼方となり、トロッコは新緑の中に静かに停まっていた。
鉱石が積まれたトロッコを見る
トロッコの線路の上を歩き、再び坑道に入る。少し歩いて出口へ。これで道遊坑コースの見学は終了である。
みんな出口の前の売店で一休み。その手には金箔入りソフトクリームやコーヒー。私は越後名物笹だんごをチョイスした。
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売店前で一休み 金箔入りソフトクリーム
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金箔入りコーヒー 越後名物笹だんご
土産物などを物色した後、金山入り口の路線バス停に集合。来るときに荷物を預けた新潟交通相川支所へと向かう。
ここで待っていてくれた中川先輩が一人一人と握手をしてお別れをする。
心の籠もったご案内本当にありがとうございました。私が三日間中川さんの言動に最も感じたことは、熱い熱い故郷への愛情であった。いまを生きる我々が失おうとしている大切なものの一つを、この旅と中川先輩が思い起こさせてくれたことを感謝したい。
佐渡へ上陸したとき初めて上がったフェリー乗り場の食堂「よろこんで」で昼食をとり、高速船「ぎんが」の船上の人となった。
佐渡汽船 高速船「ぎんが」
佐渡よさらば。