第3回 三八会研修:北海道旅行報告V 第二日目 & 総括
                                  2004/7/5   石塚 洋

第2日目 6月29日〔火〕

4:00 
起床。外はもう明るい。日の出は3:50と言う。4:20 シャワーを浴びた。

5:00 
早川さんと散歩。ホテル前の運河を横切り、「小樽海上遊覧船乗り場」から第3、第2、第1埠頭の順に歩いて廻った。
ロシア、北朝鮮の貨物船」が停泊しており何故か“拉致事件”を思い出した。誰も歩いていない港は、明るくてもなんとなく怖い感じがする。

5:30 
向こうから黒ジャンパーのおっさんが一人で歩いてくる。近付いてよく確認をしたら、川崎さんではないか! 
4:00から歩いていると言う。途中、ロシアの船員と逢ったらしい。
太陽はもう既に高く上がり、今日もいい天気である事が確認出来た。

6:30 
朝食を食べてから、会長、早川さんと、JR小樽駅まで昼食用の駅弁16人分を買いに出た。
小樽駅の駅弁は評判がいいらしい。駅に行ったら、未だ早すぎて駅弁を売っている様子はない。
キオスクも未だ開いていない。
駅員さんに「小樽まで来て、小樽の駅弁を食べずに横浜には帰れません」と申したら、「分かりました、何とか
します」と言って、キオスクを時間前なのに開けてくれた。
そして入荷したばかりの弁当を16人分買い占めた。ラッキー!
なんとも親切な駅員さんだろう。これで今日の昼飯は一安心。


      
        小樽駅で駅弁を「買い占め」運転手さんの分を含め、合計16個


8:00 
皆元気な顔を見せてくれた。会長曰く、一人部屋は良くなかったと。

8:15 
皆バスに乗り込み“さあ出発”と掛け声を掛けたとたん、「ボストンバックの忘れ物」と言われた。
小生のチョンボだ。皆さん、忘れ物しないように気をつけよう。
石狩湾を車窓の右手に見ながら、会長から「2日目の行程」説明を聞いた。国道5号線を余市に走った。

8:45 
ニッカウヰスキー北海道工場、余市蒸留所に到着。車を降りると幾つもの尖がり帽子が並んだような赤屋根の工場が目に入る。ここは1934年、ニッカウヰスキー創業者である竹鶴政孝により建設された工場だ。今年卒業したばかりのお嬢さんの案内でウイスキーの製造工程をくまなく見学した。何故「ニッカ」の名が付けられたか?
ウヰスキー事業が安定するまでの食いつなぎに、ジュースを作っており、「大日本果汁株式会社」と言う社名だったそうです。
その後「日」と「果」をとって、「ニッカ」と改名したそうです。なるほど!

竹鶴政孝は1918年、本場スコットランドのウヰスキー製造技術を学び、下宿先のお嬢さんリタをも連れて帰国したと言う。
苦難の末、1940年10月、念願の第1号ウヰスキーを出荷したと記されている。
「信念を曲げず前進する。それが好意を寄せて下さった人々に報いる私の道と信じる」という竹鶴政孝の志は、今もニッカに受け継がれているようだ。
皆で60度の「ニッカウヰスキーモルト」を試飲した。凄い!トロンとする味だ。
その味に魅せられて柏木さんが直接樽だしの15年もの(一万円也)を買った。
ウヰスキーばかりでなくワインなども試飲できた。アップルワインもなかなかのものだった。
南ゲート先の芝生に置かれた記念の「銅製の蒸留器」を囲み全員で記念写真を撮った。



      
      ニッカウヰスキー見学 見学後は試飲でほろ酔いの人も


10:05 
余市のニッカを出発し、5号線(フルーツ街道)をニセコに向かった。
15分位走った時、小生のカメラバックがないのに気付いた。記念写真を撮ったとき脇のテーブルに置き忘れた。しまった!バックの中には、皆から集めたお金20数万円が入っている。
真っ青になった。「すみません,戻ってください」と皆に頼んだ。
会長がニッカに携帯電話をしてくれた。『どうかありますように』、戻る間の15分は祈るのみだった。
事務所に飛び込んだら、勝俣さんという女性が、「有りましたよ」と持って来てくれた。
天にも昇る気持ちだった。有難うございました。皆さん、ご心配をお掛けしました。
「二度あることは三度ある」、肝に銘じた。兎に角良かった。
「石塚よ、これからバックは首に結わいておきな」と山田善ちゃんに言われてしまった。

途中皆のリクエストに応えて、サクランボを2パック買って食べた。甘酸っぱかった。

10:55
共和町を過ぎ、倶知安方面への国道5号線と別れ、道道66号線経由でニセコ温泉リゾート地帯に入った。
スキー場、ジャンプ台が並ぶ。
66号線は別名ニセコパノラマラインといわれ、眺望の良さと適度のカーブが、ライダー野郎達に人気のあるコースという。
若葉をどっしりつけた木々に囲まれた道をを、渋滞もなく走れ気分最高だ。
急に霧が出てきた。全く周りが見えなくなった。車窓に水滴が付く。これは参ったなと思ったらまた晴れてきた。大きな白樺の木々が美しい。

11:30 
神仙沼入口に着いた。バスを下りて20分ぐらい歩いた。行き交う人も結構居た。
「こんにちは」と挨拶を交わして歩いていると、尾瀬沼を歩いた時の事を想い出した。
湿原が現れた。周りの高い山の頂上には未だ残雪がある。
森は何となく熱帯雨林を思わせるほど木々の葉が鬱蒼としている。
そこに霞がかかり湿原の沼に影を落としている。何と幻想的な風景だ。

川崎さんが居たたまれず、小生のニコンを取り上げ、何枚か講釈付きの「写真講座」を開いてくれた。
写真に関しては小生の愛弟子と思っていたが、とんでもない事が分かった。相当勉強している。
この時から小生は、川崎さんのことを「師匠」と呼ぶ事にした。

阿川さんは自慢のデジカメで小さな可愛い「アオイトトンボ」の撮影に時間を掛けていた。
神仙沼の写真は今度の作品展を賑わすに違いない。



   霧が晴れだした神仙沼と阿川さんがとらえたアオイトトンボの交尾

12:30 
神仙沼を出発。車中で「小樽駅弁」をぱくつく。ホタテの駅弁、旨かった。

13:10 
JRニセコ駅前を通り、有島記念館に到着。ここは有島武郎生誕百年を記念し、1978年(S53年)ニセコ町が建設、開館したという。
ここでは有島武郎の生涯と農場解放に至る軌跡を勉強しました。
有島の言葉
「自然物、すなわち空気、水、土地の如き類のものは人間全体で使うべき物で、一個人の利益のために、個人によって私有されるべきものではない」
と刻まれていた。
目の前にどっかと座る蝦夷富士、羊蹄山を川崎さんと撮りまくった。


      

        有島武郎記念館より羊蹄山を望む

有島記念館を出発、14:15 真狩村を通過。ここは「細川たかし」の故郷で、会長の話では銅像まで建っているらしい。
14:20 
羊蹄山青少年の森PAに立ち寄る。
羊蹄山からの湧き水カムイロッカ(神の水)を飲んだ。専門業者が車で来てボトリングしている。
少し行くと、ジャガイモの花がきれいだった。ここでもバスを止めて1枚撮った。


       

        ジャガイモの花



14:30 
洞爺湖を眼下に見下ろす「サイロ展望台」到着。快晴、素晴らしい眺めだ。
洞爺湖のエメラルドグリーンの湖水、周りの森の緑、真っ青な空の色にポツリと茶色の昭和新山の頭が見える。
何と見応えのある景色だろう。この景色をこのままゲット出来ないものか!
以前に洞爺湖の湖畔だけ見て帰った荒木田さんが、洞爺湖ってこんなきれいな所だったんだと驚いている。

14:40 
山の小さなアイスクリーム工場レイクヒルファームに立ち寄る。
羊蹄山を眺めながらアイスクリームを頬張った。
熟年のおじさん達が、突然15人も入ってきたので、カウンターのおねえさんもちょっとびっくり。




   サイロ展望台からの洞爺湖の眺望         アイスクリーム、二種類盛りつけで315円也


15:50 
洞爺湖湖畔を巡り、昭和新山の真下で写真撮影。青空に煙る新山が映えた。

16:20 
道央自動車道路に伊達ICから乗り、110KM/hrで飛ばし、鵡川に向かった。
室蘭の地球岬をトンネルでくぐり、内浦湾から広い太平洋岸へ抜けると、霧深い天候にがらっと変わった。
不思議なものだ。

17:15 
ニドムゴルフ場の側を通過し、苫小牧東ICへ。
ここで日高自動車道に入り、会長宅のある鵡川ICまで一直線だった。この間20数KMが無料とは信じられない。
17:40 
会長宅に無事到着。周りは田畑が続き、果てしなく平らだ。地平線が彼方に見える。
近くの沼には毎年白鳥が舞い降り、春にはタンポポをはじめ可愛い花がいっせいに咲き乱れると言う、全くメルヘンの世界だ。
    


  佐藤宅へ到着                       



 新居を背景に会長夫妻を囲んで


   早速始まる宴会



玄関前庭でご一行様の記念写真。14名の内地の熊どもは遠慮と言うものを知らない。
新築の会長宅にずかずかと上がり、奥様の手料理を片っ端から平らげてしまった。
白老の牛、佐藤家自家製の松前漬、旨かった。
会長夫妻の今年の冬の奮戦記、昔のトランジスタ工場時代の話、昨年の金沢研修の話、作品展の話、見てきたばかりの旅先の話、などなどワイワイガヤガヤと話は弾んだ。
会長秘蔵の日本酒まで飲み干してしまった。
たらふくご馳走になり、満腹になったあと、会長自慢のホームシアターでカラオケ大会となった。
3時間がアットいう間に過ぎた。
会長、奥様どうもご馳走様になりました。有難うございました。





 インターネットによるカラオケ風景            今日一日お疲れさま


21:30 
ホテル千歳エアポートアネックスに到着した。
明日は観光組とゴルフ組とに分かれて、北海道研修最後の日を過ごす事になった。
各々の組からのレポートが楽しみだ。



  総括

         
          新千歳空港内三井アーバンホテルでの研修旅行打ち上げ(6/30)


昨年に続き今年の研修も忘れられない思いで深いものになった。会長の見事なコース設定のお陰であった。会長ご夫妻に心から感謝申し上げます。
北海道も今迄に何度か訪れたが、せいぜい札幌市の周りをチョロチョロした程度だった。今回北海道の大自然にどっぷり漬かり、ホンの一部分ではあったろうが、「北海道の真髄」に触れる事が出来たのは嬉しかった。

「司馬遼太郎の風景」(オホーツク街道)の一節を紹介しておこう。
“アイヌ文化の一つに「イオマンテ」と言う重要な儀式がある。宇田川洋氏に「イオマンテの考古学」(東京大学出版会)という著作があり、その中に「アイヌの思想では、日本古代もそうであったように万物は皆神;カムイである。それ故カムイを大切に歓迎する。アイヌは食べる時には先ず神に感謝し、食べ残りや不用の部分は粗末にしないで、お土産を沢山持たせて丁寧に神の国へ送り返してやるのである。そうする事によってカムイは天国に行って多くの神々に、アイヌのところで歓待された事を自慢し、それを聞いた神々はそのアイヌのところへやって来ると言うわけである。”と。
今の日本人は、この「アイヌの思想」を失いかけているのではと、反省させられた。
いろいろな事を学んだ旅となりました。有難うございました。
このパワーを7月の作品展にぶつけよう!
                           
                                 〈文責 ヒロトンボ〉