能登・金沢旅行記 (第3日目)
渡辺 陽之輔(文)
(写真)渡辺、荒木田、野中
近江町市場
能登半島・金沢の旅の最終日は、「観光」と「ゴルフ」組に分かれた。
我々観光組は、「熟女二人と草臥れ五人男」の道連れ、朝の食事どきに、岐部さんを中心に今日のポイントを、おさらいしたので、予定より30分早い8時30分に、ホテルを出た。
川崎さんが実地検証し、入念に作ってくれた推奨ル-トに従い、先ずは四百年の歴史を持つ近江町市場からのスタ-トとなった。
この市場には7ヵ所もの入り口があり、これらを全部結ぶと「女」の文字になるそうな。
「見るだけで、買い物をしないほうが良い!」との川崎さんのコメントが、頭にこびりついているものの、「目は、キョロ・キョロ」の「足はアチ・コチ」で、全員我慢(除く一人)の観戦ツア-になった。
しかし、山田善ちゃんだけはしっかりと狙いを決めたようだった。
訪れた9時前の時間は中途半端な時間帯のせいか、「輪島の朝市」と違った静かな雰囲気!しかし市場は、人が動いていて、海の珍味・山の幸が沢山並び、何時来ても楽しいところだ。
尾崎神社
次は、庶民の台所の雰囲気から一転し、神々しい雰囲気の尾崎神社へ、野中ナビゲタ-の的確な判断に従い移動する。
四代藩主の前田光高が、徳川家に忠誠を示す目的で、「日光東照宮」を模した朱塗りの社殿を建てた。
祭神は、徳川家康。
加賀の食文化の多彩さが分かる近江町市場
尾山神社
歩いて5分隣の尾山神社へ・・(裏門から入る・・ 何だか嬉しい!) NHKの大河ドラマの主人公、藩祖の前田利家が祭ってある。
広い境内と池、大きな庭石、高山右近の邸にあったと言われる、十字を刻んだ「高山南坊石」と称する石も使われている。
その大きな馬上像の後方には、石に彫られた「おまつの方」が、やはり利家の方向に視線を向けていた。
正面には、オランダ人の設計による25mの高さの「重要文化財」に指定されている「神門」がある。
ステンド・ガラスがはめ込まれている第三層の楼上は、その昔は火を点じ、日本海を往来する船の、灯台の役割も兼ねたとのこと。
利家公の馬上像(左)とおまつの方の石碑(右)
武家屋敷
続いて武家屋敷跡に向かう。
先頭は、何時も元気な、岐部さん・荒木田さん。
日差しが強くなってきた。 新井さんの白い「ジャケット」が、眩しい!
武家屋敷街に入る、原さんと山田さん、景色と雰囲気を楽しみながら、歩を運ぶ。用水が多い所だ、澄んでいて、しかも水量多く、流れも結構早い!
観光案内所があったので、見所・歩き所を確認する。 「何処から来られました?」
「ゆっくりしていって下さい!」・・・・金沢の方言では(おんぼらとしていくまっし!)と言うらしい?
「番傘」を見つけ、全員で記念撮影・・しばし レトロ・ム-ド。
武家屋敷は「高田家」と「野村家」の武家屋敷を見た。 特に「野村家」は、千二百石の直臣、大きな門構えに、庭園も素晴らしいと「川崎メモ」にあったが、
時間の都合で、庭園見学は省いた。
老舗記念館
老舗記念館は明治時代に建てられた薬種商「中屋薬舗」の古い家を移築したものである。
中屋薬舗は五代藩主綱紀から「御殿薬」の処方を拝領した名家である。
一階は帳場や薬箪笥のある「みせの間」が、奥には当時格式の高い商家には必ず設えられていたと言う茶室があった。
磨き込んだ木の輝き、廊下、襖、掛け軸、欄間、木のぬくもりが伝わってくる。
前日訪れた「川崎家」と何やら相通ずる雰囲気が感じられる。
滋養強壮薬の混元丹で知られた老舗の代々の主人は、華道や書道の他に、俳諧謡曲を嗜むと言うから凄い。
2階は、老舗に伝わる生活道具の展示、一番目を引いたのは、結納時の「婚礼模様」と称する、金沢の華やかな風習を表す数々の品物、花嫁のれん、水引や祝い菓子、それと全国菓子博覧会に出品した「花みこし」(一万三千枚ある花弁が全部お菓子)が展示されていた。
金沢の商売人の「心意気」と「懐の深さ」を垣間見た思いだった。
疲れたときに藩主も愛用したという混元丹は現役の商品として
いまも販売されているとか、、、、
花みこし
兼六園
11時前、今日一番の見所「兼六園」に向かう。
川崎さんは何百回となく行っていると思うが、我々は、「兼六園」と聞くだけで、足が動き出す!
旧県庁のシイノキの巨木を左に見ながら、広坂を歩き兼六園に入る。 ツツジやカキツバタが新緑に映えて美しい。
アジサイがもう咲いていた。 歩き詰め、日差しも強くなったので、小休止。
全員各々が、ウ-ロン茶やアイスコヒ-を、原さんが懐かしい「ラムネ」を注文した!
「アレレ・・・栓をどうして開けるの?」 「キャップの裏側の突起で・・」と店員さん!
元気を取り戻した所で、「霞ケ池」に向う。160年かけて今の姿になったという。
各人思い思いのアングルで写真を撮る。 根上りの松・・誰かが「値上りの松!」
名所だけあって、観光客・団体客がゾロゾロ・・ かと思えば カップルや家族も、のんびり楽しんでいた。
金沢城
金沢城に向かう・・・
が、「やはり男衆は、お疲れの様子ね!」
「女子衆」はチャント分かっていたのだ!
「11時半だけど早めの昼食にしましょう! 」
「男衆」全員賛成!賛成!
「お勧めランチ」や「豪華ランチ」を、お腹の空き具合により、各々注文する。
ノンアルコール(!)を飲み、元気の素をお腹に入れ足も軽く(?)・・なったので1時前に出発。「石川門」より金沢城公園へ。
利家の入城から300年続いた加賀百万石の本城で白壁が美しい。
園内も綺麗に整備されていて気持ち良い。園内を一周し、「五十軒長屋」跡を左に見つつブラブラ歩き、「大手門」から出た。
大樋美術館・大樋ギャラリー
目指すは「ひがし茶屋街」! 男衆は元気になり、何故か足も軽くなる!
リ-ダ役で、何時も先頭をスイスイ歩く岐部さんが、急ブレーキだ。 何だ、何だ!?
道路の反対側を見ると、「粋な黒塀・・み越しの松」風の洒落た建家が。
女子衆が何やら興奮した面持ちで叫んでいる・・・「おおひ、おおひ」と!
茶の嗜みの無い小生にはサッパリ分からない。
加賀の茶道文化の礎にもなっている「大樋焼」のギャラリーだと言う事が、信号無視で渡った館内に入り、始めて理解
できた。
ろくろを使わず、へらと手ひねりで作る330年の歴史を持つ独特の焼き物は、お茶の嗜みのある人にとっては、垂涎の物らしい!
勅使河原 宏の設計になる「大樋美術館」前で記念撮影、「男衆」は伝統文化の茶道の奥の深さを、茶屋街に入る前に
勉強した。
飴釉によっておこる柔らかい光を放つ飴色の発色は、器に注ぐお抹茶の深い緑色と美しいコンビネーションを見せ、また保温と
優しい口当たりが素晴らしいとされる。
ひがし茶屋街
浅野川大橋を渡り、灯ともし頃にもなれば、今でも軒灯がともる茶屋から三味線や太鼓の音がこぼれてくるという
憧れの「ひがし茶屋街」に入った。
紅殻格子の家並みが続き、その一部は、「国の重要文化財」に指定されている。
「志摩」は、茶屋街の中ほどにあり、昼は門を閉ざす料亭の中で、唯一内部を公開していた。
ここは、五木寛之の小説「朱鷺の墓」の舞台としても知られており、しっとりとした風情のある処だが、昼間の明るい時間では、望むべくも無かった!
こう云う所は、少し暗くなった時間に来ると、絵になるのだろうか!
主計町を通り抜け、小橋を渡って、「あめの俵屋」で買い物する
17,000歩!!
未だ2時半過ぎ、時間があるので、広瀬さんが学生時代に入り浸ったと言う「喫茶店」に行き休憩することになった。
場所が分からないので、ホテルに戻り(3時)確認する事にした。
途中で、善チャンが、「忘れ物をしたのでスタ-ト・ホ-ルに行ってくると!」単独行動・・・
「喫茶店」は、竪町に在るが、歩くと20〜30分位かかるとのホテルのフロントの人の説明で、ホテルのロビーの喫茶店で
お茶を濁す事にした。
善ちゃんが上気した顔で戻って来た。思いの外良い買い物が出来たらしい「詳細レポ-ト」は不明!
善ちゃんが、「大物買い」をした事に触発され、我々も、地下街の店で「小物」を調達した。
市内の商店街は、次週始まる「百万石祭り」のポスタ-が随所に見られた。
今回の「能登路」三日間の旅を、効率よく観光出来たのは、本当に川崎さんのお陰です。 有難う御座いました!
今回参加された皆さんの胸の中には、私の紀行文では、表現しきれない沢山の思い出ができた事と思います!
因みに「観光組」の、金沢市内の観光歩行数は、「1万7千歩」でした。
美味、甘露哉 一万七千歩行のあとの喫茶
以上