喜寿を祝う会(第54回例会)
                    (文と写真)佐藤幹郎



7月18日、石塚車で早川、広瀬氏と東芝保養所来の宮荘に到着。
まずは小澤さんに依頼し今日のために揮毫していただいた見事な横断紙幕を食堂ホールに張り出す。
石塚、広瀬氏が脚立に乗ってちょっと危なっかしいながらも奮闘、無事貼り終わる。

最近の異常気象によるゲリラ豪雨や雷にもめげず、三々五々12名の参加者が全員参集。
三八会の恒例により直ぐさま「玻璃の間」にて酒盛りの「練習」が始まる。時折、部屋を揺るがすような雷鳴が轟くが、みんな気にもせずビールを空ける。
阿川氏などはウイスキーのロックをハイペースで空けている(大丈夫か?否大丈夫でないことは後で判明!)
やがて開宴の時間となり、一同食堂ホールへと降りる。
開演前に小澤さんの揮毫を前に記念写真を撮影したが、上の写真から明らかなように、開演前にもかかわらず
「練習」でみな「出来上がった顔」になってしまっている。

今日の三八会例会は「喜寿を祝う会」と銘打って特別の催しである。
石塚幹事がカッチリと用意した式次第に従って宴会のスケジュールが進行する。

冒頭、阿川氏が「はじめのことば」を述べるが、すでにかなり酩酊しており、司会が途中で打ち切り会長の挨拶へ。
「あと何年生きられるか分からないが、元気でやろう」みたいな話をし、引き続き喜寿記念に上梓した文集の贈呈が
行われる。


  喜寿記念文集の贈呈

 
 文集「我が良き仲間たちよ」  表紙は広瀬氏の水彩画        浪本さんから岡山倉敷の樽酒が届く

「予想に反し、200ページを超える分厚い本になったので、皆さんが読んでいるうちに、ページが抜け落ちたりしないか
心配だ」と製本を担当した手前、言い訳を言っておく。

荒木田氏の挨拶に続き、早川氏の乾杯の音頭で開宴。石塚幹事が文集制作費のカンパ、配布先、制作総部数などについての
討議を促すも、真面目に聞いている人は少なく、異議なしとみてドンドン決まって行く。
私からの「この文集の中には、石塚、荒木田、高橋、浪本諸氏の東芝の歴史に残る先駆的な仕事の記録があり、大分、四日市加賀、タマ、岩手などの後輩にも読ませたい」という提案が通り、配布先に追加された。


各人の近況報告に入る。あの人はどうしてる等の情報交換が多い。賛助会員だった岐部さんが亡くなっていたことが判明。
作品展に積極的に参加、旅行にも一緒に行ったし、晩年に始めた朗読は三八会例会でも披露してくれた。残念だし、淋しい。
ご冥福を祈る。

各人が近況報告を述べている間、阿川氏がいちいちイチャモンをつけて絡む。いつもよりしつこい。例の通り顔面は蒼く、
目は据わっている。誰かが、「日吉寮前のドブに飛び込んだ時を思い出す」という。喜寿にして、若い頃に戻ったので大目に見ようというのか。三八会の仲間は実にやさしい。
岡山へ行っている浪本さんから届いた樽酒がすこぶる美味しい。みなどんどん杯を重ねている。

石塚幹事の先導で本日のメインイベントである東芝社歌、応援歌の斉唱に移る。歌詞カードもバッチリ用意されている。


 社歌斉唱>応援歌>「フレーフレー三八会」と進む  動画はこちらから→社歌 応援歌

うん十年振りで歌うひとがほとんどのはずの社歌をみんな三番まで淀みなく歌ったのにはビックリ。
次いで応援歌も二番まで、最後に「フレーフレー三八会」と進み、これで終わりかと思ったら、お手を拝借
三本締めで「喜寿を祝う宴」は目出度くお開きとなった。

まだ座って飲みたいと「愚図る」阿川氏を何とかなだめて部屋に連れて行こうとする人たちがいた。
阿川車で来た連中だ。明日も帰途乗らなきゃならないから当然のことだ。

宴がお開きの後は、カラオケ室に移動、歌好きの連中が早速歌合戦を開始。


 「サロベツ原野」を熱唱する石塚氏

カラオケで盛り上がる中、ヒョッコリ現れたのは部屋で寝ているはずの阿川氏。一同ビックリして「大丈夫か?」と
訝るなか、立て続けにリクエストする。十八番の「少年時代」に加え、「氷雨」そして「泳げたいやきくん」のデュエット
を進藤氏に依頼、3曲立て続けに歌う。
楽しい時はあっという間に過ぎ去り、カラオケルームのタイムリミットが近づく。
石塚さんの「最後の曲をみんなで歌おう」により、選んだのは「また逢う日まで」
全員で熱唱して終わった。


 お終いの曲

雷鳴が轟き、ときどき豪雨の昨夜と打って変わり、翌日は快晴。
みんな食堂へ集合、朝食をとる。昨夜シコタマ飲んだのに、みんな爽やか、二日酔いの気配は誰ひとりない。
歳をとると感覚が鈍くなるのか?
そんなことはどうでも良い。幹事の号令一下みんなベランダに集合、小澤さんの書を掲げて集合写真を撮影。
芝生の緑に赤がまぶしく映える。


 7月19日 来宮荘ポーチにて

かくて喜寿祝賀を兼ねた例会は無事終わり、午前10時三々五々帰途についた。

                                 おわり

会計報告と幹事連絡事項

[1] 会計報告
   1) 収入  ;  8,200円 × 12名  =  98,400円
   2) 支出 ;  (来の宮荘) 支払い    97,894円
      残                       506円
             (本会計)へ繰り越し
[2] 決定事項
  (2−1) 喜寿記念文集(佐藤会長のお骨折りで見事完成; 深謝!)カンパ
        正会員18名 ×  2000円   =   36,000円
        直、間材料費、送料代として佐藤会長にお渡ししました。
        出席された12名の皆さんからは頂きました。
        本日欠席会員(小野、浪本、野中、矢野、渡辺、山田各氏)は文集到着次第
        石塚宛て送金ください。(6名分 12,000円は石塚立て替えました)
  
  (2−2) 文集出版数   33冊(当初より3部増えました)とする。
       1) 正会員へ                        18部
       2) 亡くなられた正会員 奥様へ                3部
       3) 先輩諸氏へ(川西、藤井、阿部、布施、小津、八瀬尾諸先輩) 6部
       4) 後輩へ (小沢さん、タマ、四日市、岩芝、大分、加賀各工場長)6部
  
  (2−3) 「喜寿記念の旅」;中川哲昌先輩を頼って≪佐渡の旅≫を来年6月初旬計画する

[3] お知らせ
       浪本さんから「岡山の銘酒 樽酒」の差し入れありました。
          とってもおいしくいただきました。浪本さん、ありがとう!
                                               以上
                               
                                    幹事 早川、石塚