


芝翠荘宴会場に勢揃いした面々
70歳となり古希、喜寿を経てあっという間の10年間、我々三八会の仲間も数え年で半数以上が80歳の傘寿を迎えた。
お祝いは早いほうが良いとのことで、令和元年6月20日、箱根強羅は東芝芝翠荘にて祝いの宴を張ることとなった。
強羅公園へ
当日は幹事の計画では、まず箱根湯本駅に集合し、昼飯を食いながら軽く一杯やり、強羅駅に向かい、箱根強羅公園を
散策後に東芝芝翠荘へ入る予定であった。
急遽町内で重要な打ち合わせが入った石塚さんを除く11名が定刻12:00に参集。
昼食場所として予約した料理茶屋「花さがみ」に向かう。駅を出て右側に折れ、駅前通りを5分ほど歩き、小路を右に
入ったところにお店はあった。すでに観光客で店は賑わっていたが、早川さんの予約により、お店の奥にスムースに
席を取ることが出来た。ここは蕎麦が美味しいらしい。みんなせかせかと蕎麦御膳などを注文。アルコールを頼むひとは
ほとんどいない。
そのとき一寸した事件が!
早川さんの携帯が鳴り、荒木田さんから「皆とはぐれた」との連絡が、、、改めて確かめると確かに1人欠けている。
早川さんが道を教えている。すぐに荒木田さんが現れる。先頭を歩いているうちに、後ろから来た連中が小路を右に入ったのを知らずに、どんどん真っ直ぐに行ってしまったらしい。

「花さがみ」入り口 小生の注文 かき揚げ付きとろろ蕎麦御膳+生ビール
とにあれ、全員無事に昼食を済ませた。蕎麦はまずまず美味しかった、そば湯がなかったのが少し残念だったが、などと
考えながら箱根湯本駅へ戻り、登山電車のホームへと向かう。
箱根登山鉄道
登山鉄道に乗り込み、全員揃っているかどうか早川さんがチェック。
と、発車寸前に若い男が二人乗り込んで来て、あたふたと写真を撮ってまた降りていった。何なんだろう?
男達の撮ったあたりを見るとその理由がわかった。
この電車はモハ1形107で来月19日をもって引退する。その広告や電車内部の写真を撮りに来た鉄道ファンらしい。
平日なのに仕事を休んで来たのか?この熱意、ご苦労様である。

モハ1形103号、107号の引退広告 車体番号107
モハ1形103と107車両は調べてみると、ともに1950年製造されたとあるから、もうじき人間で言えば古希である。
長い間よく働いたものだ。
電車内にはあじさい電車の吊り下げ広告が。

あじさい電車の吊り下げ広告
沿線には約1万株のあじさいが植えられ、標高の高い箇所は7月中旬まで花が楽しめるという。ライトアップも行われる
という。夜の電車に乗って幻想的な様子を眺めて見たいものだ。
内装が木造の電車は、会社に入った若き日の頃を思い出させ、懐かしい気持ちになる。
誰かが当時の南武線の話をしている。

クラッシックな電車の中で 窓の中を走り過ぎるあじさい
緑陰の中を進む電車の窓には、綺麗に咲いたあじさいが通り過ぎる。
電車は3回のスイッチバックを行い、標高523メートルの小涌谷駅へ到着。さっきまで晴れていたのに暗くなり雨が
降ってきた。山の上は天気が変わりやすいのか、、、
ホームのあじさいも雨に濡れていた。

雨に濡れた小涌谷のホーム
小涌谷駅から二つ目の強羅駅に着いたときは、太陽がすこし顔を見せたが、まだ小雨が降っている状態。
さてこれから強羅公園散策となっているが、どうする。
誰かが、「まだ降っているね」と言うと、「雨の中じゃしょうがないね」と呼応。
「でも保養所は3時からチェックインだから、これから行っても入れてくれるかどうか」
電話することになったが、番号が分からないという。荒木田さんが直ぐさまスマホで検索し、電話。
ロビーで3時まで待つ交渉が成立。
あっという間に「強羅公園散策」は中止となった。みんな腹の中は最初からそうしたいと思っていたらしい。
ただひとり、急遽駅で570円の傘を購入して雨中の公園散策に備えた「真面目」な阿川さんを除いて。
[
「こっち、こっち」気が変わらないうちにと小野さんが芝翠荘へ通ずる地下道へ皆を誘導。そしてここをくぐる時には
雨もやみ、日が照ってきた。
「阿川さん、日傘にすればいいよ」と透明なビニール傘を指して、いじる意地悪なひとも。

緩い坂道を上って、やっと芝翠荘の門に到着したと思ったら「おいおい、こんなに長い坂道だったけ」
ここには何回か来ているが、車でしか来ていないので、自分の足で上るのは初めてである。
途中で3回休みやっと玄関にたどり着く。傘寿を迎えた者にはエスカレータが必要だ。
ロビーへ陣取り、コーヒーを頂きながら小一時間世間話で3時になるのを待つ。その間、どんどんとお客が到着。
今日はどうなっているんだ?最近の保養所には見られないほどの繁盛ぶり。
3時になり受付開始、部屋へ入るなり、そさくさと風呂へ。早く入らないと芋洗いになりそうな今日の混雑ぶり。
練習 さて風呂にも浸かったし、いよいよ練習の時間だ。各部屋から三々五々コップを持参した連中が幹事部屋201号へと
集まってくる。早川さんが買い求めてきた「つまみ」をテーブルに拡げ、さて乾杯と冷蔵庫を開けると、無い!
空っぽ!! 来宮荘ではこんなことなかったぞ!などと騒ぐ連中を尻目に早川さんがフロントへ走る。
すぐにビール、酒、焼酎が届き、練習開始。昼飯のときに飲むのを抑えたひとが多いせいか、ハイピッチで練習が進行。
午後5時頃、所用で芝翠荘へ直行の石塚さんが現れ、ますます練習が盛り上がる。

「強羅公園はパスしたよ」「やっぱりそうか」盛り上がる練習
傘寿祝宴
午後6時いよいよ開宴である。立派なお膳が並んでいる。まずはお品書きである。

お品書き

この日の料理
そして、料理の上の掛紙が素晴らしい。初夏を思わせる若葉のデザインにさりげなく名句が添えられている。

料理の掛紙
型どおり乾杯と挨拶から始まったが、ここで小生への思いがけないプレゼントがあった。
石塚さんの奥様制作になるネックレスである。はしたなくも、一寸うるっとしてしまった。

石塚さんから懸けてもらう 黒いシャツに似合う
宴も進んで、恒例の近況報告を兼ねたひとりひとりのスピーチとなった。
話題は何時ものことながら、ボケや病気に関すること、運転免許返上問題などなど。
例のごとく、それぞれのスピーチにコメントやら突っ込みがあり、ワイワイガヤガヤなかなか先へ進まない。
しかし、進藤さんの話が始まると珍しく座が静かになったのである。
それは彼が長いことボランティアで続けている学童通学の見守り活動の話であった。
毎朝、挨拶をして元気に通り過ぎていった子供が、いつの間にか大学生に成長し、声をかけてくれた時の驚きと感激。
いつも見守っているT字路で子供達が飛び出さぬよう一工夫。おじいちゃんとジャンケンをしてから道を渡るように
した。あるとき、思いがけず6年生の女の子からお礼の手紙と、グー・チョキ・パーを模したアップリケが届いて
大事な宝物にしていることなど。
年老いても、他人のため、地域のために役に立つことが出来ている進藤さんが羨ましくなった。
カラオケの狂演
午後8時カラオケタイムとなり、皆宴会場からカラオケルームへと移動。
部屋へ入るなりデンモク(カラオケリモコン)係を仰せつかり、あの曲を入れろ、これを入れろの注文に応ずる。
あっという間に10曲ほどエントリーされた。早川さんは飲み物の準備に忙しい。
先頭を切ったのは進藤さんで、曲は十八番の「およげたいやきくん」 三八会随一の若々しい美声を響かせた。

「およげたいやきくん」を熱唱する進藤さん
その後は、われもわれもと熱唱(絶叫?)の連続。歌うのはほとんどが昭和歌謡。平成の歌もあることはあるけれど、、、
今回の一大ニューズは、いままで聴き役専門だった柏木さんと深作さんが初めて歌ったことだ。
柏木さん(動画:再生ボタンをクリック) 「人生劇場」を熱唱する深作さん
柏木さんの「五番街のマリーへ」は選曲もしゃれているが、声が曲にマッチしていて素晴らしい。
深作さんの動画はは残念ながら電池切れ寸前となり撮れなかったが、音程正しく堂々と歌うのにはみんな感心。
心に溜まったものを歌に込めて吐き出すカラオケは長生きにとても良い薬とか。お二人にはこれからも歌を聴かせて
もらいたいものだ。

締めに歌った「また逢う日まで」
2時間余り切れ目無く続いた歌の競演も終わりに近づいた。最後は恒例により「また逢う日まで」を全員で合唱。
♪ また逢う日まで逢える時まで
♪ あなたは何処にいて何をしてるの
阿久悠の名文句を胸に、お開きとなりそれぞれの部屋に戻った。
愉しき哉 三八会
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