横浜媽祖廟を参拝した面々
今年も余すところ1ヶ月半となった。
「古希を過ぎると、一年一年早いよ」とおふくろが口癖のように言っていたのを想い出す。
「東芝保養所、来の宮荘一泊二日」の要領で恒例になっていた三八会忘年会が、保養所満室で予約出来ず、今年は会長の発案で「横浜媽祖廟参拝&ランチ忘年会」に変わった。
11月17日(火)11:30、JR石川町駅北口改札口に阿川、小野山、柏木、進藤、杉岡、高橋、早川、浪本、深作、渡辺、石塚が集い、作品展以来、久々の横浜中華街に向かった。
佐藤会長とは正午に本日の目的地横浜媽祖廟の門前で合流することになっている。
時間があったので、途上「関帝廟」に寄った。
関帝廟にて
今日は9月始めの陽気となり、久々の好天に恵まれたせいか、拝殿は参拝客で一杯だった。
ご存知、ここ「関帝廟」は後漢、三国時代にかけて活躍した「関羽将軍」を祀っている。
関羽はは劉備、張飛と義兄弟の契りを結び、「我ら天に誓い、生まれた日は違えども、死す時は同じ日、同じ時を願わん!」と言う名せりふを残している。
12:00ちょっと前、横浜媽祖廟にて佐藤会長と無事合流、早速皆で参拝した。
小生は此処には今まで来たことがない。
門前ではたどたどしい日本語で「旨いよ、まけておくよ」とねえちゃんが天津甘栗を売っていた。
横浜媽祖廟は「関帝廟」に比し、一回り小さめであるが落ち着いた雰囲気のある廟だ。
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『媽祖』は北宋時代に実在した福建省 林氏の娘で、小さいころから才知に長け、神通力を使い、雲に乗って悪や災いを退け、人々の病を癒してくれたので、人々は「天上聖母媽祖」と呼び、
道教、儒教、仏教における最高位の女神として、世界中の華僑から今でも篤く信仰されていると言い、沢山のご利益があると聞く。
5本の大きな線香
12名、一緒になって参拝した。入口で5本のお線香を授かり、媽祖廟に祀られている五人の神々に願い事を込め、それぞれ一本づつ御供えした。
更に「おみくじはどうです?」と宮司が聴くので会長と小生が引く事になった。両膝を付き、願い事は只一つと言われたが、いろいろ訳あっていくつもお願いしてしまった。2個の木っ端を投げ、裏表が出ると竹筒に入っている「竹ひご」を引く。
O番だった。此の竹ひごを持って宮司のところに行くと、はがきサイズの紙を渡される。
此処には「神のお告げ」が書いてある。
意に沿わなかったら「この神のお告げは燃やして帰ってください」と言うので恐る恐る燃やした。
隣で会長も燃やしていた。会長にもあまりいいお告げが無かったのかもしれない。
複雑な気持ちで集合写真を撮り、『媽祖廟』を後にした。
12時ちょっと過ぎ、関帝廟通りにある開運グッズ店「龍」に向かった。
皆さんの賛同を得て、今、病と向き合っている川崎常元さんへの心からの応援を込め、「開運花文字額」を贈る事にした。
プロの絵師は12色の絵具で、筆さばきも器用に15分ほどで見事な花文字を仕上げてくれた。
(動画)花文字を書く絵師、ここをクリックしてご覧下さい
12:30 川崎君への「花文字額」を携えて、媽祖廟の真ん前にある、忘年会の会場である
「熊猫(パンダ)飯店」へ。2Fに上がって、6人づつ、2つのテーブルを囲んだ。
料理もまだ来ないのに、早川さんの発声で、ビールで乾杯をした。
料理と共に「お店からのプレゼントです。」と言って、10年物の紹興酒が届いた。
早速12人で嘗め尽くした。美味い!
調子に乗って「5年物の紹興酒」を3本注文し、あっと言う間に飲み干した。
若いおねえさんが料理をぼんぼん持ってくる。食べながら、飲みながら、賑やかに語り合った。
今年は九州熊本から柏木さんが、又、本当に久々に横須賀の渡辺さんが参加してくれ、特別近況報告を頂いた。最後に会長に挨拶をと思っていましたが、酔いが回りすっかり失念!
あっと言う間に15時が過ぎ、お開きとなった。
今年は言い尽くせない程、いろいろありました。
来年は平穏な年であります様に『媽祖廟』に向かって、再度お願いして帰途についた。
2015/11/18現在
日付 収入 支出 残金 H26-11-12(報告済) 1,341円 H26-12-30
(谷中七福神めぐり資料コピー代はん亭食事代残金、記念写真代)160円 220+200円 1,081円 H27-2-13
(柴又散策資料コピー代)329円 752円 H27-9-14
(佐藤、早川、杉岡、石塚、大衆 酒場残金)850円 1,602円 H27-11-17
(熊猫飯店忘年会残金、川崎さん への開運花文字額代金残金)3,654円 5,256円