川崎大師初詣と東芝イノベーション・パレット訪問
           (文)広瀬和宏 (写真)広瀬和宏、石塚洋(*)、山崎宏明(**)

     
          川崎大師駅に集合(*)

山八会ハイキングもいよいよ第100回の節目を迎えるということで朝からワクワクしていた。

しかも、20211021日、解体寸前のトランジスタ工場と総研の建物を見学させて貰った其の跡地に建つ完成間近の東芝イノベーション・パレットで昼食をとると言う
総研や旧トランジスタ工場の建つ小向東芝町は、我々の会社生活の故郷ともいうべき場所だったから、今回の企画には、少なからず年甲斐もなく興奮していた。

本日は快晴、10時に京急川崎大師駅に集合。参加者は小野山、大川、早川、小野、柏木、杉岡、浪本、深作、石塚の諸氏に小生を加えて10名と久々の2桁の参加人数となった。

川崎大師駅は京浜急行電鉄発祥の地で、駅前のモニュメントによれば、明治32年の奇しく
も本日(1月21日)、川崎大師駅〜川崎六郷橋駅間を単線2km、車両数5両で開業したとある。

                         
                             
京急発祥の記念碑

川崎大師は、20日、21日は初大師の縁日であり、相当混雑するとの話であったが
さほどでもなく、また正月は大師駅から仲見世通り入り口までは屋台がずらっと並んでいたが、本日、屋台は一軒もなく、閑散としていた。

くず餅の
お店だけが開店していた。
「皆へ幸せを運ぶよう」との願いを込めて、久寿餅と書くそうな。

                         
                           
くずもちを売る店  

仲見世通りにやって来た。

                       
                               
仲見世通り

くず餅、のど飴、漬け物、縁起物のだるま、甘酒、中でも日本一大きいだるまと言うのがお店に出ていた。

                       
                                     
日本一大きなだるま

金剛山の扁額のある山門に到着。
川崎大師のご本尊は厄除け弘法大師、宗派は真言宗智山
派、名称は金剛山金乗院平間寺(へいけんじ)、開創は1128年となっている。
南武線駅名に平間駅が有るので“ひらまじ”だとばかり思っていたら間違いだった。

交通安全、厄除けを祈願する人が多いと聞くが、私は“ピンピンコロリ”をお願いした。

                   
                         
川崎大師山門にて

                   
                       
本殿前にて(*)

川崎駅に戻って小向交番までバスに乗る。
神明町まわりに乗ってしまって幹事が間違ったと思って大慌てするが、大丈夫、小向交番前で降りる。
この後、東芝イノベーション・パレットを訪問することになる。

約束の時間まで間があるので御幸公園の交差点まで歩く。
(なんか、懐かしい。)
それもそのはず、今から60年以上前、まだ紅顔の青年たちがここで出会い、そして
海外や九州へと飛び立ち、八十翁になった今、また出会いの場所に戻ってきたのだから、、、、

               
                    東芝イノベーション・パレット北館ビルを背景に(*)

見学に先立って、旧トランジスタ工場の跡地に建てられた北館を背景に記念写真を撮った。
目的の東芝イノベーション・パレットの建物は完成して、すでに社員も何人かが
活動しているが、建物の正門の前庭がまだ工事中で(今年325日完成予定)、正門からは入れないので、小向工場に隣接する研究開発センターの正門から入り、研究所建屋の裏側に回り込んでから、旧トランジスタ工場の跡地に建てられた北館(4階建て)の一階の食堂へと案内された。

東芝イノベーション・パレットは丁度1年前に本社の研究開発機能と東芝デバイス&
ストレージ株式会社の研究開発部門を集約した上で執務を開始した。
最終的には約3,000人以上のスタッフが勤務することになるという。

   
        東芝イノベーションパレットのパンフレットより引用
                      (クリックすると拡大)

一階の食堂のあるフロアの個室に案内されると、そこにはすでに重箱の弁当が用意されていた。
やがて、先端デバイス研究所の江崎所長、稗田シニアマネジャー、山崎室長などそうそうたるVIPがランチを共にしてくれるという厚遇に一同大感激。

まずは石塚幹事から三八会からの挨拶も兼ねて、7年前我々が喜寿になったのを記念に東芝時代の想い出を綴った「我が良き仲間たちよ」の一冊を送りました。

           
                  喜寿記念文集


和気あいあいの中で食事が進みました。

           
                     和気あいあいの食事風景

山崎室長からNHKの“魔改造の夜”に“T芝”チームのリーダーとして出演されたとの話があり、吊るした10個の食パンを次々食べて行く器械を作って参戦したとのこと。
たまたま私はその番組を見ていたが、どのチームが勝ったのまでは記憶になかったので、優勝できたのかどうか尋ねたところ、残念ながら、トップにはなれなかったという回答でした。

私は食事中、今座っている空間は旧トランジスタ工場の玄関左横の、野口先生がいた診療室の辺りではなかったかとぼんやりと考えていました。
その昔、我々が入社した当時、最盛期だったトランジスタ工場には数千人の十代の若い女性が勤務していました。

したがって、工場の産業医も女医さんで、この野口先生は所謂「女傑」みたいな方で人気者でした。
体の不調を理由に診療室に入りびたりで、野口先生と世間話を楽しむ不埒な野郎が沢山いたとか、、、、
なんて、江崎所長のポケットマネーで出していただいた、美味しいコーヒーをいただいているうちに、想い出が蘇ってきました。

食後、北館から南館1Fのエントランスホールへと移動。


      東芝イノベーション・パレットのプレートの前で

               
                    エントランスホールで寛ぐ

このエントランスホールには東芝グループの技術や製品などの展示スペースがあった。以前の東芝科学館を思い出させる。
ここで、江崎所長よりいくつかの説明を受けた:(思い出すまま)

             
                      江崎所長より説明を受ける(**)

1)大容量ニアラインHDD
         20TB以上は実用化、30TB超も実証し、、さらに40TB以上を狙っている。

2)パワーMOSFET
         Siウェーファの大型化やSiC製品の拡充

3)量子暗号通信
         説明パネルには運用距離120kmとあったが、最新の成果では600kmまで
         実証されている。
4)  AI関連技術の開発

などなどでしたが、3月25日までにはさらに増強されるとのこと。

更に、東芝創業者の田中久重氏や藤岡市助氏の言葉由来で名づけられたと言う
「万般スクエア」や「至善ホール」を見せて頂いた。

             
                パンフレットより引用


山崎室長より、昼食の際にお話があったNHK TV放映の「魔改造の夜」と言う番組に「T芝・美食魔物べいかりあす」として出演した器械とその制作秘話をお話しいただいた。
詳しくはこちらの「ホームベーカリーパン大食い競争」を参照されたい。

13階の屋上はスカイデッキとなっており、眺望を楽しみながら気分転換できる場所となっている。
御幸公園が見えた。懐かしい。あれっ、ホームベース位置違わない?
   ※昔ここでよく野球をした編集者の注:確かこの写真のレフト側だったはず

       
              御幸公園の野球場を見下ろす
     
御幸公園側の門(旧トランジスタ工場の第二通用門)から皆さんに見送られて“さよなら”をした。
最初は昼食だけと言う計画だったのに、長時間に渡り歓待を受け、熱心な説明を受け、一同大感激でした。
また、これを企画した石塚さん、東芝サイドと訪問の交渉を引き受けてくれた柏木さんに感謝します。

山八会恒例の「昼飯には軽く一杯やる」というのが今日はなかったので、皆さんはこれからどこかで軽く一杯やるということだった。
が、私はお先に失礼して帰宅した。

帰宅時点で10,700歩でした。お疲れさま。


                                                                       おわり