逗子市内散策・葉山森戸神社参拝
              
               (文)荒木田多穂 (写真)荒木田多穂* 石塚洋


   JR逗子駅集合(山八会は神ってる)

前日の天気予報が晴れから6小雨模様の曇りに急変し、石塚幹事より雨具を忘れずに持参とのメールが入る。しかし実際は朝から青空いっぱいの絶好の行楽日和。
前回の江川せせらぎ散策のときも、朝までの強い雨が出発のときは完全に晴れていた。
まさに山八会は神ってる。

集合時間の10時前に全員揃い恒例の記念写真を撮る。
参加者は阿川、石塚、大川、小野、小野山、柏木、進藤、高橋、早川、広瀬、荒木田11名。

今回のコースは逗子、葉山は鎌倉に近いだけにNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と関連するところがあるのでは、と楽しみである(ドラマを見てない人にはごめんなさい)。

亀岡八幡宮 
逗子駅から歩いて数分の市役所の隣に緑に囲まれた亀岡八幡宮がある。
「亀岡」と名付けられたゆえんは、この地が亀の甲羅のようになだらかな丘だったからと境内に書かれているが、「鎌倉鶴岡八幡宮に対抗して名づけられた」との説もある。
そのためか拝殿の前には狛犬がいるのに、可愛い「狛亀」が2匹鎮座していた。

 
    2匹の狛亀*

拝殿をバックに記念撮影をする。


  亀岡八幡宮境内にて


田越川
亀岡八幡宮から京急の逗子葉山駅へ。昨年3月に逗子市と葉山町の地元住民ですったもんだの
上、やっと駅名を「新逗子」から「逗子葉山」に変更した。


  京浜急行 逗子・葉山駅*


ここを通って田越川に出る。田越川沿いに海に向かって歩く。川には汽水のため真水に住むコイやハヤ、海水に住むボラやフグなどが混在して泳いでいた。
朱塗りの「仲町橋」で一休み。


  仲町橋上にて

いまでこそ静かに流れる緩い川だが、鎌倉時代は処刑場として幾人もの生首を流した川でもあり「御最後川」とも呼ばれていたそうだ。
平家最後の嫡流「平高清」が処刑されたのもこの地である。そういう歴史を知るか知らずか若い男女たちが、今流行ののサップ(SUP)で川をゆっくり上って行った。
世界情勢を考えると今の日本は平和すぎる気がしないでもない。


  サップを操る若者たち*


六代御前 平高清
六代という名は 正盛→忠盛→清盛→重盛→維盛→六代(高清)と平氏興隆の基礎を築いた平正盛から数えて6代目の直系にあたるから六代御前と呼ばれ、平清盛の曽孫にあたる。
源平合戦に敗れた平家はことごとく海の藻屑と消えていったが、12歳の六代御前は難を逃れ京都の菖蒲谷で母親とともにひっそり暮らしていた。
が、平家残党狩りを続ける北条時政(政子の父)に捕らえられた。
源頼朝は文覚上人の嘆願で一命を助け、仏門に入れた。しかし頼朝の死後直ぐに北条氏によりこの田越川の川端で刑場の露と消えた。


    六代御前の墓* 

僅か20代の若さで刑場の露と消えた六代御前の身の上を哀れんだ村人たちは、里が良く見える高台の上に六代御前をねんごろに葬った。今でも命日の7月26日に法要が執り行われるとのことである。
丘の上にある記念碑は源平の戦いを見ていた樹齢千年に及ぶケヤキの大木に囲まれ、反対側は眼下に田越川と村落が一望でき素晴らしい景色である。生まれながら背負った宿命に逆らえなかった六代御前の哀れさを感じる。

 六代御前記念碑を囲むけやきの大木

ここで、一同記念写真を撮る。


 六代御前記念碑前にて

蘆花記念公園と国木田独歩
田越川沿いに「蘆花獨歩ゆかりの地」碑が建っていた。
ここはかって国木田独歩が徳富蘆花の紹介でお互いが夫婦で一時期を過ごした貸家業「柳屋」があったところだそうだ。

 記念碑を見る一同

蘆花記念公園は、逗子市桜山にある。明治の文豪徳富蘆花は4年間この地で過ごし、出世作「不如帰」発表。この小説の舞台が逗子だったことから、逗子の名は全国に知られることとなった。
広い敷地でハイキングに絶好の場所であるにもかかわらず、時節柄か訪れる人も少なくひっそりしていた。
公園の中には景観重要建造物「旧脇村邸」や郷土資料館(2018年市の財政難により閉館)があるが、いささか疲れてきたこともありそこまで足を延ばす気にならず、「ウクライナへの思いをはせて」という口実で、すぐ入口の平和の碑前で記念写真を撮って引き返した。


  逗子市蘆花記念公園慰霊碑「平和の祈り」

ここでいったん逗子市に別れを告げ、田越川沿いの「切通し」バス停から葉山森戸海岸へ向かう。時刻は11時30分。

森戸神社(森戸大明神)
鳥居をくぐって参道をぶらぶら行くと、駐車場奥にブルース・オズボーンなる写真家のドデカいアートが現れた。「ありがとう」をテーマとする葉山芸術祭の作品なそうだ。


  森戸神社参道*


 ブルース・オズボーンのアート* 

森戸大明神は平治の乱に敗れ伊豆に流された源頼朝が、三島明神(静岡県)に源氏再興を祈願し、やがて天下を治めた頼朝は鎌倉に来るとすぐさま三島明神の分霊を、鎌倉に近いこの葉山収めたとのことです。
神社を参拝した後、裏側の絶景を楽しむ。富士山がとても綺麗だったが、一等地に裕次郎の胸像がある。その前で記念写真を撮る。


 裕次郎祈念碑前で この先の海には「裕次郎灯台」もあるという

裕次郎は兄慎太郎と少年時代を葉山で過ごし、この海をこよなく愛した。
「湘南」という名を世間に知らしめた石原兄弟は葉山にとって町の功労者だそうだ。
先日亡くなった兄の遺骨の一部は、この葉山の海に散骨された。

森戸神社に別れを告げ、待ちに待った昼食へ向かう。途中綺麗な砂浜と富士山が見える(写真18)。我々が入社したころ京急は三浦海岸まで開通しておらず、海水浴はもっぱら逗子か葉山・森戸海岸で、東芝健保の清和荘とか葉山壮にずいぶんお世話になったものである。

魚料理「なじま」で昼食
12時半に「なじま」に到着。予想していたよりアンティークな感じの店だ。

 
  魚料理「なじま」*         本日のランチメニュー*


しかしインターネットの読者評価で珍しい☆☆☆☆☆と素晴らしく、大いに期待できる。
メニューは黒板にある通り刺身、てんぷら、サラダ、みそ汁にメインの魚料理が一品ついて
2,250円なり。それに生ビールやアルコール追加、消費税を入れて3.000円/人程度。
みんなの健康を祝ってカンパ〜イ。


 乾杯をする面々*

ただ恒例の料理の写真は賄い、配膳ともおかみさんが一人で仕切っており、料理が少しずつ出てくるので食べる方が速いためタイミングが合わない。うまく撮れず済みません。

  
   堪能した料理の数々*

でも今日の献立は富山の魚中心で美味しかった。

こんなお店をインターネットで探し出した石塚さんに感謝。
「なじま」を出てバスで再び逗子駅に戻る。


スイーツの時間(珠屋)
昼食の後は恒例のスイーツの時間。前回は店が見つからず中止だったが、今日は幹事が事前に「珠屋」を予約してくれた。石塚さんの気配りにまたまた深謝。
裕次郎が良く来ていたというこの店は若い女性に人気。そんな中80歳過ぎの11名のじじぃ集団が席を陣取るのはいささか異様な光景か。
そんなことにはお構いなく皆コーヒーとケーキを食べてご満悦。


 珠屋菓子店の一角を占拠する謎の(?)じいさん集団*

甘いものを食べて疲れが取れたところを見計らって3時に解散。
約8,100歩の散策だった。
レポーターの私にとっては、平家最後の嫡流六代御前の顛末や森戸神社と頼朝の関係などを知り得たのは収穫だった。

皆さんご苦労さんでした。今日の笑顔と健康がいつまでも続くことを願っています。