東芝日吉寮跡地を訪ねて                (文)広瀬和宏 (写真)広瀬和宏 石塚洋(*)
  
 61年の時空を超えて日吉寮前に参集(背景の日吉寮の写真はtakumi_okuさん提供)


我々昭和38年組は東芝へ入社後、寮生活を送ることになったのが、いまはもうない東芝日吉寮であった(旧住所は港北区日吉本町1020)
今回の山八会はその跡地がどうなっているか尋ねてみようと言う企画だった。
私個人としても約60年前に見たものが、どの程度記憶として残っているかワクワクしながら参加しました。

5月21日10時、懐かしい東横線日吉駅に集合、昔の記憶に残っているものがないかとキョロキョロし乍ら、ホームに降りて、階段を上がって改札を出ると、左手(東口)に綱島街道越えに慶応義塾大学のイチョウ並木が目に飛び込んできた。

私の約60年前の記憶と合致するかどうか、なんとなく見覚えがあるような風景だが、並木の両側にある建物が無ければ、記憶にあったことにしようと決めていた。
参加者は阿川、小野山、柏木、進藤、浪本、深作、杉岡、小野、石塚(敬称略)に
広瀬の10名です。みんな慶応の並木は記憶にあるようでした。

日吉駅そのものは東急デパートと一体化しており、昔の面影はありませんが、駅構内の
配置は昔通りでした。

  
    東横線日吉駅に集合(*)
 
先ずは慶応義塾大学のイチョウ並木を散策することになった。秋には紅葉が美しい並木も今は新緑の葉が鬱蒼と茂り、この下を歩くと、これはこれで大層良い気分になる。

  
   慶応キャンパスのイチョウ並木

  
   福沢諭吉像の前にて(*)

慶応のキャンパスから日吉駅西口へ移動。
北海道の佐藤さんから送られてきた地図を頼りに幹事さんが行動を開始する。
下は北海道の佐藤さんから送られてきた案内地図。
これから訪れる日吉本町は、60年前とはすっかり変わってしまったが、かって「社宅や
家族アパートの一大集積地」といして知られていた。この辺がどう変わったのかを調べた
タウン誌の記事を見つけて、この記事をもとに作った地図という。
 
 日吉寮と日吉駅間の通退勤路、行きは上り帰りは下り坂だった

西口駅前の通りを中心に6本の道が放射状に出ているのが特徴で、その中でも皆が最もよく使ったと思われる「普通部通り」(昔もこの名前だったのか誰も覚えていない。)を500mほど進む。

  
    西口からは先ず「普通部通り」に入る(*)

しばらく歩くと分かれ道に来た。左へ行くと下りの狭い階段が有り、そこからの見晴らしが良く夕焼けがとても綺麗だったことを記憶している。
今回は右へ行く、暫くすると右手に「日吉台小学校の運動場」が見える。
微かにこんなのが在ったかなと言う程度の記憶であった。

  
    日吉台小学校(*)

下り坂を降りて行くが、昔はのどかな田園風景だったのが、両側にマンションやアパートが立ち並びあの頃のの面影は全く無かった。

暫く行くと「金蔵寺(こんぞうじ)」があった。
寮にいた頃にこのお寺に来た記憶はなかった。若いころは寺などには全く興味がなかったのだろう。

  
   金蔵寺山門にて(*)

  
   金蔵寺沿革
 
本尊は大聖不動明王、天台宗、平安時代開基となっており、鐘は家康、秀忠の寄進らしく、
時代を感じさせるものの、カラフルな建物が多く、境内はとても明るい感じでした。
  
   
       水盤舎、手を清めるところ
       

 灯籠             六地蔵(*)

水盤舎、燈篭、六地蔵以外にも弁天堂などいたるところにカラフルな建物が多く在り余り古さを感じませんでした。
各自、礼拝を行いました。何を願ったのか、、、私は「ピンピンコロリ」をお願しました。

  
     はや咲きのアジサイ
 途中はや咲きの紫陽花を見ながら、昔はなかった地下鉄日吉本町の駅に着きました。
この辺は田んぼだったように思いますが見事に変身していました。

日吉本町駅から1ブロック行った辺りにオーケー日吉と言うスーパーが有りました。
私の記憶ではこの辺りはザリガニも取れる水溜りになっていたように思いました。
その右隣が今回の目的地である旧「東芝日吉寮」と言うことですが、今はアリュール日吉と言う高級マンションが建って居ました。

  
    旧東芝日吉寮跡地に立つマンションの前で(*)

このマンションの入り口が当時の日吉寮の入り口とほぼ同位置にあり、蓋のない(今では蓋がされていました)1mほどの下水溝が有り、「酔っぱらってここに落ちたんだよ」と言う人がいました。
この入り口に立ってバス通りを見るとコンクリート塀の向こうに2軒の低い平屋建てが見え、勿論もう誰も住んで居なくてボロボロで、木や草も生い茂っているが、私には当時この平屋建ての家が建っていた記憶があり、皆に聞いてみたが反応が無かったのでガッカリした。
私にはこの2軒のボロ屋に見覚えがある。

  
    昔の記憶を語り合う面々

みんな記憶がないと言うので帰ってから、昔の航空写真アプリで調べて見たら、61年と65年の航空写真に日吉寮の前に十数件の戸建て住宅が密集しており、やはり此のボロ屋はあったのだと思った。さらに63年6月まさに我々が入寮していたその時に、寮の前に家が建っていたことが確認された。

  
     1963年6月撮影の国土地理院の航空写真より(佐藤さん作成)
  
結局、私の記憶にあったらしいのは「慶応のイチョウ並木」と「日吉台小の運動場」と「寮まえの2軒のボロ屋」だけだった訳だ。
地下鉄、横浜グリーンライン日吉本町駅から日吉駅まで初めて乗車した。日吉本町に地下鉄の駅ができるなど当時はまったく想像もできなかった。昔、この駅のあたりにはNECの女子寮があり、前を通ると若い女の子たちが窓から手を振ってくれるので、毎朝、夕ここを必ず通ったという者もいた。

再び日吉駅に戻り西口にある「游膳たつ吉日吉」にて恒例のランチと乾杯。
乾杯の音頭はお久しぶり参加の小野山さん。


          「游膳たつ吉日吉」にて乾杯

  
      刺身御膳

今日、此処までの歩数は約7,000歩、下り坂ばかりで良かった。
東急デパートのなかの喫茶店でスイーツ取った後解散、お疲れさまでした。

                             おわり