北鎌倉から鎌倉まで 鎌倉古道を歩く

         (文)深作三郎 (写真)深作三郎、石塚洋、早川純


 銭洗弁財天宇賀福神社にて(石塚さん撮影)

開催日:平成29年12月11日(月)
北鎌倉から2つの切通を通って鎌倉まで歩く4.5kmのコースだ。

参加者は阿川、石塚、小野山、柏木、浪本、早川、広瀬、深作の8名だ。9時25分には全員北鎌倉駅に集合した。
師走のためか観光客は少ない。暖かく風もなく良く晴れていて絶好の散策日和だ。

実際に歩いた経路を図―1に記しておきたい。

     
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鎌倉街道
予定通り9時30分に北鎌倉駅を出発した。交通量の多い鎌倉街道を南に向かって車に気を付けながら進んだ。
関東地方では鎌倉街道の名称をよく目にするが、この道に繋がっているのだなと思うといにしえのロマンが沸いてくる。  途中JR横須賀線の踏切を横切ったが、途中遮断機が降りて来て慌ててバーを潜ってでた。

長寿寺
途中石塚さんが円応寺によって鬼の大仏様を見学しようかと言ったが既に通り過ぎていたので近くの長寿寺に寄った。人影も無く庭が美しかった

    



  長寿寺庭園の佇まい


亀ケ坂切通
建長寺の手前で鎌倉街道を離れて右手に曲って細い道に入った。これが亀ケ谷切通しである。
現在は舗装されていて生活道路になっている。鎌倉は東・西・北を山に囲まれているので7つの切通しがあるという。
当時は幹線道路であったのだろう。

    

    
     亀ヶ谷切通を行く

六地蔵尊
坂を上り切った路傍に「六地蔵尊」が祭られていて参拝した。大変小さくて朴訥としたお地蔵さんである。

    
       六地蔵尊


岩船地蔵堂
坂を通り抜け、住宅街の丁字路に岩船地蔵堂がある。堂内には源頼朝の娘「大姫」が祭られていて格子の隙間から地蔵を見ることができる。戦国時代、木曽義高と馴染みであったが義高が源頼朝の追討軍に殺害され、大姫はノイローゼとなり20歳で亡くなったという。日本三大岩船地蔵の一つである。

 
 岩船地蔵堂                      大姫の守り本尊


底脱の井
少し歩くと道端に「底脱の井」がある。鎌倉は良質な水が出る井戸を大切にした。
鎌倉には「鎌倉十井」と称し十ヶ所の良質な井戸があるがそのうちの1つである。

 
 底脱けの井説明パネル             底脱けの井


海蔵寺
少し歩くと海蔵寺に着いた。臨済宗建長寺派の寺で1253年(建長五年)に建てられた。
元は大きな寺であったが火災等にあい今はこじんまりとした寺である。
境内にはいろいろな建物が整然と並んでいて美しい。四季折々の花が咲き美しいそうだ。

 
  海蔵寺全景                       内部


海蔵寺に「十六の井」がある。洞窟内に掘られた井戸である。 場所が分からなったがちょうど小学生が校外学習で来ていて
教えてくれて助かった。みんなスマホらしきカメラをもってパチパチ撮影していた。
自分たちの子供時代と比べ、随分変わったものだなと、みな感嘆しきりであった。

       
          十六の井

化粧坂切通(けわいさかきりどうし)
海蔵寺を出てちょっとした山道に入った。今日2っ目の切通しだ。切通しというより谷間の細道の感じである。
結構急坂だったが若干汗ばむ感じで心地よかった。

 
                    化粧坂切通を登る面々


源頼朝公像
化粧坂切通を登りきると源氏山公園に出た。山から鎌倉市街が一望出来て眺めがよい。
広場には源頼朝公の銅像が建っている。源頼朝が鎌倉入りした1180年(治承4年)から800年が経った記念に建てられたとか。 顔立ちは若々しく出来ている。

          
             源頼朝像(早川さん撮影)



     頼朝像をバックに集合写真


銭洗い弁財天
トンネルをぬけると弁天様に着いた。
早速みんな手を洗った。それからお金を洗って清めた。

 
 銭洗弁天入口(早川さん撮影)                入口で手を清める



 
心の不浄を清め、金運上昇の御利益を願う(石塚さん撮影)   ここぞというときに使うと良いというので、、、


鎌倉駅に向かう途中宝くじ売り場があった。ビショビショの札だがよいかと聞いたら売り子さんが快く「OK」と言ってくれたのでジャンボ宝くじを買った。濡れた札を出す客に慣れているのだろう。
どこからか、当選したら山分けしようという声が聞こえた。
自分は1等が当ったら三八会全員をハワイ旅行に招待したいと思っている。期待していて下さい。

佐助稲荷神社
石塚さんが急に佐助稲荷神社はカットして食事しようかと言い出したが折角来たのだから「予定通り行こうよ」と言って佐助稲荷神社に行くことになった。 数分歩くと真っ赤な鳥居と旗が目に入って来た。
鳥居の数が余りにも多いのでざっと100基は超えるだろうと言ったら阿川さんが49基だと言う。帰り道数えてみたら確かに49基であった。寄進するのに1基30万円だそうだ。

 
 佐助稲荷神社由来                      四十九の鳥居(早川さん撮影)


   
     奉納されたキツネの置物(石塚さん撮影)

本殿には願いを込めた夥しい数のキツネの置物がが奉納されていた。この世の中、こんなにも願事が多いのだなと実感した。

「佐助稲荷神社は大変面白く参拝できたのでカットしなくてよかった」と石塚さんが語っていた。
皆で集合写真を撮り、打ち上げの昼食へと向かう。


 佐助稲荷神社にて(石塚さん撮影)


打上げ
お楽しみの昼食である。鎌倉では予約が難しいとのことで石塚さんと早川さんが食堂を探しに行った。
OKの合図で入ったのが駅の西口から少し行った所にある市役所前の蕎麦屋「竹扇(ちくせん)」であった。
2階に通されたがほとんど空席であったので予約したのと同じだった。
本日の日替わりセット「三元豚のスペアリブと聖護院大根、地野菜の煮込み、地野菜たっぷりサラダ」を頼むことになった。
ここで、日替わりのセットをソバにするかうどんにするかで議論になった。
誰かから「鎌倉のソバは不味いからやめた方がよい」という話が出たためだ。希望を取ったところソバ対うどんは4個ずつとなった。


   鎌倉のそば処「竹扇」                  日替わりセット


みんな黙々と食べていたが、不満の声もなかったのでこの勝負は引き分けか?!

そば焼酎を飲むひともいて、いつもの通り盛り上がったが、約2時間経ったところで石塚さんがピタリと締めて切り上げた。
石塚さんは店の女将さんともすっかり懇意となり、今度は予約を取ってから来るよ言っていた。
名幹事はこれでなくてはと思い、そのコミュニケーション術をちょっと羨ましく思った。

帰る時ちょっとしたハプニングが発生した。
隣に座っていたグループも一緒に席を立ったが誰かが「靴が無い」と騒ぎだした。
その靴を履いていたのは我がメンバーであった。自分も間違って他人の靴を履いてしまった経験があるが、帰る時は履物をしっかりと確認しなくてはいけないなと改めて思った。

みんな満足して鎌倉駅で解散した。
今回の公式歩数は10,749歩であった。やはり喜寿で7X7=49と49に縁がある1日であった。

あとがき
幹事さんの計画の良さと暖かい天候にめぐまれたおかげで楽しい散策ができた。
鎌倉というとつい鶴岡八幡宮、鎌倉の大仏、円覚寺等、表の観光地を思い出すが、今回訪れたいわば裏の観光地も大変面白いと思った。
中学や高校で使った日本史の教科書をもう一度めくってみたい気がするが教科書はとうに処分した。
また日本史の本を買って改めて歴史を勉強し直してから、名所めぐりをすれば楽しさも倍増することだろうと思った。