明治神宮参拝
                                                                    (文)佐藤幹郎 (写真)佐藤幹郎、石塚洋


  大鳥居の前で


ゲリラ豪雨
川崎のホテルで夜更けに一度目を覚まし、外を見ると暗くて良くは分からないがかなりの雨が降っている模様。
もう一度目覚ましを確認して眠りにつく。
朝ホテルを出る頃はもう薄日が差していた。しかし、夕べから今朝方にかけて、最新頻発しているゲリラ豪雨が
あったらしく、テレビのニュースを見ると電車のダイヤが相当乱れているらしい。
朝飯を駅近くの「すき家」で食う。卵かけ納豆定食と牛丼をどちらにするか迷ったが、牛丼にする。
もう年寄りには量が多すぎるが、無理して完食。「ご飯を残してはいけません」子どもの時に受けた教えは簡単には
頭の中から払拭出来ない。

京急川崎駅はラッシュは過ぎているはずが、殺人的な混雑。ホームには今は珍しい「尻押し」駅員が出動している。
やっとのことで乗り込むも、田舎暮らしには耐えられない。おまけに最近は老いも若きも馬鹿の一つ覚えのように
リュックを背負った奴が多い。牛丼で一杯になった腹をリュックで押され気分が悪くなり、品川までの間で二度ホームに
降りて息をつく。

原宿駅 
表参道口に集合時間の30分前、9:30に到着。石塚幹事がすでに来ていた。彼と二言、三言話した後、駅前の交差点を渡る。原宿駅の駅舎の写真を撮るためだ。
原宿駅の駅舎は大正13年(1924年)に建てられた都内最古の木造建築である。建物の上に尖塔があるイギリス風のデザインで
外国人観光客にも人気が高いという。


  原宿駅表参道口 残念ながら近く東京オリンピックのため取り壊して建て替えられてしまうとか

改札口前に戻ると、段々とメンバーが集まり始めていたが、高橋さんから少し遅れるとの電話があったそうだ。
やはりゲリラ豪雨による電車の乱れが大きいようだ。浪本さんからは自宅から駅までのバスが不通で参加を諦める旨の
電話があったそうだが、「遅くなってもよいから出てこいと伝えた」との説明を石塚さんから聞いているときに
「すまん、すまん」と高橋さんが現れた。

神宮橋のたもとで石塚幹事より本日のコースなどの説明を受けた後に、橋を渡って明治神宮へと向かう。

 
  幹事の説明を聞く                   いざ参拝へ

南参道
今日の天気予報は午前中は弱い雨が降り続くとのことであったが、今のところ大丈夫のようだ。
南参道を大鳥居へ向かって歩を進める。都内の観光スポットで外国人の人気が高いだけあって様々な人種の観光客が多い。
鬱蒼とした森の中の参道を歩むと、単なる森林浴とも異なる、厳かではあるが心地よい気分になる。

一見、自然林に見えるが人工的に作られたものであり、そのコンセプトは「鎮守の杜」だそうだ。
古来日本人は集落ごとに神々を祀る神社を建て、これを守るために鎮守の杜を作った。鎮守の杜は日本人の魂のふるさと
であった。明治天皇をこの鎮守の杜に祀ろうというわけである。
しかし、時の総理大臣から「伊勢神宮や日光東照宮は杉林、明治天皇を雑木林に祀るのか」と異論が出されたが、
多くの識者がこれを退け、鎮守の杜実現に着手した。それは様々な木を計画された時間間隔で植林していゆくという
方法で、完成は100年後、まさに百年の計によって作られたのである。
(この事情についてはすぐれた記事(1)(2)を参照。
いま我々はまさに完成直前の森の中を歩んでいると思うと明治・大正時代の日本人の情熱を感じて実に感慨深いものがある。


        南参道を行く

清酒菰樽
東門を過ぎるとすぐ右側に清酒菰樽が見えてくる。明治神宮のパワースポットの一つとか。
全国の造り酒屋から奉納された菰かぶりが整然と並べられ、それぞれのデザインが覇を競っているように見える。
どのようなルールで並べられたのかは分からないが、一番目は北海道の酒「国稀」である。
明治の初期、ニシン漁に湧く増毛の地に開業した造り酒屋の銘酒で名の由来は陸軍大将乃木希典に由来する。





 
 日本酒の向かい側にはブルゴーニュのワイナリーから提供されたワイン樽の棚もある



大鳥居
南参道が尽き、左に曲がり正参道。その入口に大鳥居がある。木造の鳥居として日本最大という。

 
          樹齢1,500年のひのきの見事さにびっくりする面々

清正井 隔雲亭 南池
集合写真を撮ってから正参道を進み、石塚さん推奨の清正井(きよまさのいど)や隔雲亭などを見学するために北門より林の中へと進む。とくに清正井は最近若い人の間で、御利益のあるパワースポットとして評判になり、スマホの待ち受け画面に
清正井の写真を使うと幸せがやってくるとの噂が拡がった。そのため、数年前までは見物客があふれ、整理券を発行する
騒ぎになったそうだ。

林の整備・管理を行う人たちが多数働いているのを横目に、やがて前が開け花菖蒲田に着く。
小生は少し足が痛くなってきたので、ここで皆が清正井から引き返してくるのを待つことにして、花のない菖蒲田を
眺めることにする。

 
 清正井(きよまさいど) 石塚さん撮影

皆が戻ってきたところで、隔雲亭と南池へと移動する。隔雲亭は茶室風の数寄屋造りの木造家屋で、昭憲皇太后の
ご休息所として建立され、その庭先には睡蓮の花の咲く南池(なんち)が広がっている。

 
   隔雲亭                       南池

南池には先ほどの清正井の湧き水が菖蒲田を経由して流れ込んでおり、ここから渋谷川の源流として流れ出る。
皇后様は釣りがお好きで、この池でときどき鯉や鮒つりを楽しまれたそうだ。そのため釣り糸を垂らすための
御釣台が作られている。御釣台の上で皆で写真を撮る。


      御釣台の上でパチリ

本殿参拝とおみくじ
北門へ戻る林の中の道で何と後から追いかけてきた浪本さんとバッタリご対面。
「浪本さん、我々がこの辺にいることがよく分かったね。」と皆が感嘆の声を上げると
「皆さんが行きそうな所は大体見当がつく」との答。それにしても浪本さんの「嗅覚」に驚く。

正参道を進み、右に直角に曲がると本殿の正面である。
門をくぐり、手水舎へと進む。


 手水でお清めをする面々

手水舎でのお清めは適当に行ったが、気になったのでホテルに戻ってから,
正しい手順をネットで調べてみた。

@右手で柄杓(ヒシャク)を持ち、水をすくい左手を洗う
A左手に柄杓を持ち替え、右手を洗う
B右手に柄杓を持ち替え、左掌で水を受け、この水で口をすすぐ
Cもう一度左手を洗う
D柄杓に水を入れ、そのまま柄杓を倒立させ、柄杓の柄の部分に水を流し洗う

どうも小生はAまでしかやっていなかった。大分工場時代は年始に宇佐神宮に安全祈願に行くことになっていて、
上の手順を総務から事前に教わっていた。そして宇佐神宮は二礼四拍一礼という他の神社にない参拝方法だった
のを思い出した。

お詣りした後、本殿前広い境内の石畳の上で記念写真を撮る。


 本殿前の記念写真 横綱の奉納土俵入りが行われる場所でもある


社務所でおみくじを引いてみた。昭憲皇太后のお歌が書かれたもので、通常のおみくじとは違うものだった。


   明治神宮のおみくじ

銀座で昼食
そろそろ昼時となり、もと来た道を引き返し、昼食場所の銀座へ向かうこととなった。
地下鉄から地上に出ると、久しぶりの銀座ということもあるが、その変貌ぶりに驚く。
六丁目にあった松坂屋がなくなり、その跡にGINZA SIX なる複合商業ビルが鎮座していた。
中央通り沿いにディオール、サンローラン、ヴァレンティノなどなどブランド店が並ぶ。
ビルの正面には何台もの大型観光バスが駐車していて、声高に中国語でがなり立てる連中があふれ、
日本人が小さくなっているように感じる。

    
 GINZA SIX                         銀座ライオン



今日の昼食場所はGINZA SIX に隣接するビヤホールの老舗銀座ライオン。案内された予約席に収まるやみな口々に
ビール、ビールと子供の様に騒ぐ。ビールが運ばれてきて、乾杯。石塚さんから挨拶を求められ、一言二言話し始めるが
誰も聴いていない。酒が入るとつまみに何を食うか、昼飯に何を食うかで騒然となり、制御が効かないのだ。
話すのをすぐに諦め、小生もメニューに集中する。


 昼食に食したカツカレーと牡蠣フライ定食など


飲むほどに、食うほどに皆が耳を傾けた話題は「存続がピンチを迎えているをどうやって応援するか」
であった。の家電やPCを購入するという案が出たが、ほとんど効果なしとの反論も出た。
家電ではブランドと会社を中国企業に売却済みで、わずか19%の株主でしかない。
中国企業はブランドの寿命が尽きたときの展開をすでに計画済みのはずだ。あまり酒が苦くならぬうちに
この話題は切り上げ、山八会の今日の歩数発表に移る。歩数計の違いで、いろんな数値が出されたが、高橋さんのデータ
7,530歩を採用することにしてお開きとなった。
とにかく雨の予報のなか、一滴の雨にも遭わなかった幸運に感謝しつつ帰路についた。



会計報告