回向院と赤穂事件(赤穂浪士討ち入り)との関係
(記:編集者)

下は歌川芳員の筆になる「誠義士討入姓名」という絵で、赤穂浪士の吉良上野介邸討ち入りを描いている。
上面には討ち入りを行った義士の氏名が記されている。これがこの絵の題名の由来になっている。
そして、この絵は当時の歌舞伎の人気演目であった「仮名手本忠臣蔵」に準拠している。
赤穂浪士とは建前上は逆賊であることから、「仮名手本忠臣蔵」では大石内蔵助は大星倉之助、吉良上野介は高師直などの
仮名が与えられている。
この絵では、吉良の屋敷が恵光院と隣り合っているように描かれている。上の例にあるように回向院とは書けないから恵光院と
したのであろう。
また回向院は吉良邸から約200メートルのところにあった。この絵では隣り合わせにあったように描かれているのも、実際に存在する
回向院を伏せる目的があったのであろう。
内蔵助らは吉良上野之介の首級をとってから、回向院にて集結すべく住職に入門を求めたが、寺は幕府への体裁を考え、これを拒否したという。