谷中七福神めぐり  (文)進藤政道

       (写真提供:敬称略)阿川、荒木田、石塚、高橋、早川                      


   
七福神を巡れば、七難を逃れ、七福を得る(石塚さん撮影)
    

正月なので一月は七福神めぐりをしようということで,平成27年年明けの1月5日山八会は江戸では一番古くからある谷中の七福神巡りをすることとなった。
総勢11名、集合はJR田端駅9時30分。小生にはこの界隈は昔から一度は行ってみたい場所の一つであったから喜び勇んで電車に乗ったがオットドッコイ今日は新年仕事始め、駅にはサラリーマンが一杯。
久しぶりに(10年以上か)満員電車に揺られて柳亭痴楽の「ラブレター綴り方教室:山手線」の一節「田畑を売っても命がけ」の田端に辿り着いた。
駅に着いたらこれまたびっくり、この七福神めぐりは大人気らしく近郷の同類の老々男女がほとんど来たのではないかと思われるほどの多くの団体が駅の改札口を埋め尽くしていた。
やっとのことで我が同輩を探し出し無事に集合できた。

さて、ここからは東京は江戸が地元の高橋兄の先導でいざ出発。この田端界隈は明治中期から昭和初期にかけて画家や作家などの芸術家が移り住み田端文士村なる集落を形成した場所だそうで各所に有名人の住居跡という表示が点在している。


芥川龍之介旧居跡(阿川さん撮影)  

それらを垣間見ながら約10分、最初の福禄寿のおわします東覚寺に到着する。ここには全身真っ赤な10cm角程の赤い紙が貼られた2m超の石像の仁王(実際は紙で一杯で仁王かどうか分からない)が我々をびっくりさせて出迎える。
通称赤紙仁王と呼ばれ、病気の人が自分の患部と同じ場所に魔除けの赤い紙を貼り付けて治ることを祈願することから始まったとか。

 
赤紙で覆われた仁王(阿川さん撮影)       東覚寺福禄寿さま(阿川さん撮影)

ここでめいめい七福神の一覧から順路を確認し、朱印状やスタンプに来訪の証を認め次のお寺へ向かう。


七福神一覧表(阿川さん撮影)

 

途中有名だといわれる「ひぐらし坂」なる細い路地的坂を下る。
江戸時代この辺りは「一日中、日の暮れるまで見ても飽きない」ほど良い里とされ、眼下に見える日暮里駅の
名はそこから来ているという。



ひぐらし坂から見える新幹線(阿川さん撮影)

しかしここから四つ目のお寺の界隈までは細いくねくねした道とそれにつながるもっと細い路地がかつての面影をしのばせるが、ある人は火事になったらたいへんだろうなぁと現実的な感想をもらしていた。


次は二つ目の恵比寿様のおわします青雲寺。ここには文化六年に作られた瀧澤馬琴の筆塚があった。文化六年とは西暦で1809年、今から二百年ほど前であるがまだまだ字が十分読めるほどの保存状態が良いものであった。


青雲寺恵比寿さま(阿川さん撮影) 

この青雲寺からほどなくのところに三つめのお寺の修正院があり布袋様が祭られている。
ここからほど近くに四つ目の長安寺があり壽老人を祭ってある。この寺の境内には芸大創立に貢献した狩野芳崖の墓もあったがちっぽけで手入れも悪くどうしてちゃんとしないのかと、一同憤りを感じながら寺を後にした。

 
修正院の布袋さま(高橋さん撮影)         長安寺壽老人(阿川さん撮影) 

 

ここから次まではしばらく歩き、五つ目の毘沙門天がある天王寺に着く。
幸田露伴の小説で有名な五重塔があったが、昭和の中頃、心中放火事件で消失した。現在、地元で再建運動が起きているという。

ここは有名な谷中霊園に隣接しているが、この墓地は徳川慶喜、勝海舟をはじめ政治家、小説家、役者、力士などの著名人が数多く眠っており歴史と趣を感じさせる。これら著名人(?)
の中には高橋お伝もおり、しかも彼女の墓には他の著名人にはない花も添えられていて、今でも人気があることは人の世の面白さを感じさせられた。

 
谷中霊園 天王寺五重塔跡(石塚さん撮影)           高橋お伝の墓(早川さん撮影)

  
 オッペケペー節で一世風靡 川上音二郎の顕彰碑と谷中霊園から望む東京カイツリー(石塚さん撮影)


この墓地を抜けて再び市街地に入りしばらく行くと大黒天のある六つ目の護国院につく。

ここまで来るとさすがに腹が減ってきて皆何となく足早になるがまだまだ巡りは終わっていない。最後の不忍池が待っている。ここだけはお寺ではなくお堂である。上野の動物園の裏門前を通り不忍池までたどり着き最後の弁天様の御参りをする。これが最後ということでめいめいお土産を買ったりおみくじを引いたりする。


 無事、七つの朱印が押された朱印帳(荒木田さん撮影)

余談だがこの辺は区境を歩いたことにもよろうが、ちょっと歩くとすぐに別の区に入り田舎者には東京とは言っても何か箱庭の中を歩いている気がした。
ちなみに今日は北区、荒川区、台東区、文京区を踏破したことになる。


カモメたちが羽を休める上野不忍池(早川さん撮影)

 

さてこれで全部完了、あとは食事。時間も十二時を過ぎみんな張り切って食事場へと足も自然と早くなるが、くたびれもあってか足が遅くなる人も若干名。
はぐれない様に待って食事場所の文京区根津の「はん亭」に入る。
木造三階建ての料亭風、よくぞこんな立派なところをご存じだと高橋兄に改めて感服。


 明治時代に建てられた総けやき造り三階建て「はん亭」の偉容(早川さん撮影)

 
 入り口に回ると意外にこじんまりした入り口が(左:石塚さん、右:阿川さん撮影)


予約で人気が高い一階の倉の間にすんなり入ることができたのはラッキー!!(阿川さん撮影)

ここではん亭のコース料理三千円也を食す。付け出しは生のキャベツ、ニンジン、キュウリをはん亭自慢の味噌をつけて食べる。すこぶる美味、小野さんが味噌のおかわりのリクエストをするほど。
ついで店の売りであるメインディッシュの一口串揚げが登場。中身は肉、貝柱などの魚介類、それに野菜など、最後はお茶漬けやご飯におしんこで締める。全員大満足。

食事と酒盛りが一段落するとここからが本日のもう一つのメインイベント侃侃諤諤おしゃべりタイム。話題には事欠かない面々勢ぞろいで、奥様方お得意の井戸端会議を圧倒する程、あまりに内容が高尚すぎて小生の筆では記しがたいためタイトルだけを列記する。
曰く大韓航空の副社長、パククネ、エアーアジア、対韓国論、朝日vs読売比較論(ついでに勧誘のための景品比較論も)、最後には日本人論まで、老人会でジイジが話題とするテーマはほぼすべて出尽くした。

こんなことを話し疲れて二時半過ぎに山八会の目的である〜元気に歩こう〜も12,000歩強を無事完歩して目出度く散会となった。