生田緑地ばら苑・日本家屋園散策記

(文)荒木田多穂 (写真)荒木田多穂、石塚洋



 日本家屋園にて

向ヶ丘遊園駅

向ヶ丘遊園駅930分集合で今日の一日が始まった。昨夜までの雨も上がり、予報では日中は28℃まで上がるとのこと。しかし湿度30%以下のからりと晴れた爽やかな絶好の行楽日和。最近の山八会は天候に恵まれておりこれもメンバーの日頃の行いのお蔭(?)。定刻の9時30分前に全員が揃う。メンバーは石塚、小野山、早川、進藤、浪本、阿川、高橋、広瀬、荒木田の9名、記念写真を撮って出発。

向ヶ丘遊園と言えば我々が新入社員のころは駅から遊園地まではモノレールが運転されており、大観覧車やジェットコースターやプール、冬はスケートリンクがあり絶好のデートスポットであった。その当時から目玉としてばら苑はあった。日吉寮からは武蔵小杉経由で比較的便利で何度か来たことがあり私にとっては懐かしい思い出の地である。

モノレールは2001年に廃止になったがその痕跡は今でもあちこちに残っており、モノレールの線跡は「ばら苑アクセスロード」として利用されている。駐車場脇を抜け全部で303段もある林の中の階段を全員ものともせず走破し9時50分にはばら苑裏門に到着した。開門が10時なので一休みしながら鋭気を養う。


 新緑の林の中の階段を上る



ばら苑

ばら苑は2002年に小田急が向ヶ丘遊園から撤退した後、川崎市が管理を引き継ぎ、ボランティアにも支えられ、530種、4,800株の春ばらが楽しめる。この施設が無料開放とは川崎市も太っ腹である。
写真撮影であちこちのばら園を訪ねた早川さんも「これだけ面積が広くかつ種類が多い薔薇園は初めて」とのことだった



 広大なばら苑


 ばらのトンネル


 ばら苑にて

各自三々五々に写真を撮りながら園内を散策したが、途中全員の集合写真を撮ろうとしたら浪本さんが見当たらない。途中ではぐれたらしい。苑内を3班に分かれ捜索隊(?)を結成したが間もなく見つかり、ほぼ予定通り11時にばら苑を出発。




生田緑地・日本民家園

ばら苑に別れを告げ、生田緑地ののどかな樹林帯を抜け住宅街を下るとほどなく生田緑地ビジターセンターに到着。
広大な生田緑地には、今のばら苑をはじめ、岡本太郎美術館、藤子・F・不二雄ミュージアム、プラネタリウム、ゴルフ場等々の施設がある。

 
 ばら苑から移動中                  ビジターセンター入り口

当初計画ではショウブ園を予定していたがまだ開花時期には早過ぎるということで急遽「日本民家園」に変更。65歳以上の割引料金300円で入場。
川崎市立日本民家園は、急速に消えつつある江戸時代の古民家を長く将来に残すことを目的に、1967年に開園した。
古民家25軒や水車小屋、船頭小屋などを宿場町、信越、関東、神奈川、東北と地域別に分けて展示した野外博物館で、広い敷地の自然と古民家が良く融和され佇んでいる。ボランティアの方が丁寧に説明してくれたが時間の関係で半分回ったところで退園した。

 
  古民家                         水車小屋


 
古民家で寛ぐ面々


庄屋で食事



 この一杯が至福の時

時計も12時半を過ぎ丁度昼食の時間、向ヶ丘遊園駅前の「庄や」にアポなしで飛び込む。幸い個室が取れ、いつものごとく飲んで食べて、だべって楽しいひと時を過ごす。酒のつまみが出てくるのに時間がかかったこともあり、飲む時間が長くなりあっという間に2時間経ち240分にお開きとなった。

向ヶ丘遊園駅出発から解散まで5時間、歩数はばら苑、民家園の回り方で個人差があると思うが小生の場合は10,500歩で7.3KMの散策であった。天候と仲間に恵まれ楽しい一日であった。企画した石塚さんに感謝します。


(追記)

昼食時に広瀬さんから金沢の川崎さん宅を訪問した時の様子を聞いた。みんなが川崎さんのことだからまだまだ頑張ってくれると信じていたが、帰宅したら訃報が届いており、あの時点ですでに亡くなられていたと分かり愕然とした。あの豪快な姿がもう見られないのは寂しい限りである。川崎さんのご冥福を心からお祈りいたします。