鎌倉材木座周辺を歩く(文)進藤政道 (写真)進藤政道、石塚洋*


   好天の材木座海岸にて

2024年3月11日掲題の定例会が行われた。今回は13年前の東日本大震災を念頭に、これを追悼し、いつまでも忘れないようにとの石塚幹事の発想で実行されたものであり、参加者一同大いに賛同。
この心情を天も理解したのか、まれにない好天に恵まれ気持ちの良い行軍であった.

さて、本日の参加者は阿川、石塚、大川、浪本、広瀬の諸氏と進藤に特別会員の内藤さんを加えた計8名である。10時に鎌倉駅前に集合し、そこから徒歩での行進が始まった。

  
    鎌倉駅前に集合*


駅前からメイン通りの若宮大通りを横断し3分ほどのところにある本覚寺に向かう。ここは街中にある寺にしてはかなり規模が大きく、結構立派であった。

  
    日蓮上人が建立した本覚寺
  
ここには本殿前に巨大な枝垂桜があり、咲いたらさぞかしすごいだろうなどとおしゃべりしながら、枝垂れ老人たちが枝垂桜と一緒に写真を撮る。

  
    花がまだない枝垂桜の前で

  ここから次の八雲神社へは 徒歩で5分ほど、周囲は木々に囲まれうっそうとしており結構雰囲気のある鎌倉最古の厄除け開運の社だそうで、地元では「八雲さん」と呼ばれて親しまれているとのこと。。

 帰り際の道端に厄年の看板があったが、我々80過ぎのオッサンにはx2にしないと使えない表だななどと冗談を言いながら通りすぎる。
しかし、家に帰って調べてみると、この冗談はとんでもない「間違い」だと判明。
正しくは、長寿祝いを迎えた年の翌年が高齢者の厄年となるらしい。
我々はみな傘寿(80歳)+1を過ぎたから、次の厄年は米寿+1=89歳。
まだまだ十分時間がある、といえばいえるのだそうな。

3番目はここから3分ほどの近場に左甚五郎作の彫り物がある寺に向かう。ここは上行寺と言い悪病退治、特にガンに効くとのことで有名(?)らしい。

  
     除災の龍
  
              

ここを終わって次の辻薬師堂に向かう道すがら、二つの思いもよらぬものに出会う。一つ目はバイクと自転車の事故。幸い自転車の方は大したことはなかったようでが、詳細は不明。
二つ目はは民家の庭先の見事なオリーブの木の盆栽。幹直径50cmほどの見事なものであった。

     
       オリーブの盆栽

ここからは移動距離が少し長めの時間を歩き元鶴岡神社(由比若宮)に向かう。ここは頼朝の親の義家が1063年に建立、鶴岡八幡宮の前身とのこと。かなり小さな祠で、大きなイチョウの木がシンボルらしい。
  
  
   由比若宮の御由緒
  

 この後更に10分ほど歩き来迎寺に向かう。ここは頼朝が衣笠城合戦で戦死した三浦義明の菩提を弔うため作った寺である。有名のわけは義明のみならずその家来も一緒に弔った墓石があること。小さいながら、五輪塔が100基あまりもぎっしりと並べられていた。

  
    三浦大介義明公家来の墓の前で

この後ここから少し戻って五所神社に向かう。ここは以前、石塚兄が一度訪れたことがあり、社の管理者の方がとても面白い方とのことで神社の由来等について説明頂いた。
ここはあらゆる神をまつっている異色の神社で、キリスト教までもが存在していた
という。
小さいながらも、立派な神輿も数基あり、例祭の様子がしのばれる。


  五所神社について説明を聞く面々
    
さて、寺院巡りも最終段になり近くの九品寺が最後となった。
ここは新田義貞が建立した唯一の寺で、九品とは人の徳の高さを九段階に分けて考えることからこの名前が付いたとのこと。
仏がそのように人を区分するのはおかしいと皆さん批判していたが、そうこうしているうちの最終目的地の材木座海岸に到着。
一同開けた材木座海岸にそれこそ開眼した思いで遠くに見える富士山を眺めつつひと時を過ごす。

 一休みした後、バスで食事処の駅前「仕立屋」に向かい食事。
乾杯の後、ここでの定番料理となっているアジ御膳に舌鼓を打つ。

 
   この店での定番となったアジ御膳

ビールと定食を堪能した後は、お決まりのケーキタイム。同じビルにあるスターバックスへ移動、食後のデザートを頂き散会となる。

今回の合計歩数は8,000歩であった。
                            〜おわり〜