最も遠隔の地の出身なのに、日吉寮への入寮指定日は何故か入社式の前日だった。
昼過ぎに寮に到着B306号室に入る。すでに届いていた布団袋を紐解く前に隣の部屋の住人に挨拶しようとノックすると、どてらのようなものを羽織ってのっそりと出てきたのが原さんだった。
以降、慣れない会社生活、都会生活の情報交換などに最も身近にいて話相手になっていただいた。
約三ヶ月の導入教育と現場実習の後、配属先が決まった。
やっと生活にも慣れた寮を出て、地方の工場や支社店に行く人も多い。
人事部から新人教育の終了とお別れを兼ねて何か行事をするということだった。
「いよいよ本当に学生気分と決別する時がきたのだから、大いに飲んで騒ごう」
「ただ飲むだけでは面白くないから各棟各階対抗の演芸大会をやろう」
というのが寮生の提案だった。
日吉寮は南日吉団地という大きな高層アパートに隣接していることから、野外でこのような騒がしいイベントを開くことに人事部は大いに難色を示したが、結局、この「寮祭」はテニスコートに,、臨時の舞台を設えて実行することが決定された。
B棟三階のグループは寸劇をやることになったが、シナリオがなかなか決まらない。
打ち合わせ兼練習場所が私の部屋の隣にある娯楽室だったことから、この場所に最も近い住人である小生と原さんが自然と世話役となり、毎夜八時頃から各部屋を回り動員をかけ、シナリオを練り練習したのを思い出す。
当日の夕方になると、舞台の設営を見つけて団地の団地の子供たちが集まり始め、
人事部が心配した団地の人たちのほうが盛り上げるようにどんどんやって来た。
われわれの出し物は、もう記憶は定かじゃないが、珍太郎という田舎者の青年が都会へ出てきて毎日通勤する東横線の満員電車の中で痴漢に間違えられたりしながらも、都会人として成長して行く様を面白おかしく描いた「珍太郎日記」というのをやり、結構受けたと自負している。
若さと馬鹿さが輝く「珍太郎日記」の上演後の記念写真
二列目左から三人目が原さん、その左端は原さんと同室だった新谷さん、この列の右端に同じく女装した早川さん、その他故人となった石井さんなどの顔ぶれが並ぶ