

岩切館長との記念写真
JR川崎駅から東芝未来科学館へ
川崎の小向東芝町にあった東芝科学館は我々が入社する少し前(1961年)に開館し、同じ敷地内にあったせいもあり、親しみ深い存在だった。田舎から上京した先生や知人などとの再会の場所として便利に利用させてもらった思い出もある。
2013年に閉館されたが、ラゾーナ川崎東芝ビル(スマートコミュニティセンター)が新築され、2014年、このビルの2階に名称も新しく「東芝未来科学館」として開館した。
11月9日東芝未来科学館見学後に、一足早い忘年会を行うとの企画で集まることとなった。
JR川崎駅の中央改札口に定刻通り集まって来たが、ひとり「なべさん」だけが来ない。
「またドタキャンかな?」と誰かが呟き、集合時間が過ぎたのでみなラゾーナの方に歩き出すと、「すまん、すまん」の声が聞こえて後ろからなべさんが追いかけてきた。
ラゾーナ川崎プラザは旧堀川町工場跡地を再開発して作られた巨大ショッピングモールである。
ラゾーナに向かう途中の左手に東芝未来科学館の看板が見えた。
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左に曲がり矢印の通りに進むと、そこはラゾーナの外側に作られた回廊になっていて、さらに進むとまた東芝未来科学館の看板が見えてきた。さらに進んでエスカレータを降りるとそこが入口である。
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専用の通路を進み、エスカレータで降りる
この専用通路のおかげで、信号を渡る必要もなく、雨の日でも駅から手ぶらで行けるのはとても便利だと思う。
玄関を入るなり、館長の岩切さん自らお出迎えいただく。
柏木さんと岩切さんは総研時代同じ職場だったとか。久しぶりの再会に思わず握手を交わすご両人。
久しぶり?のご対面
先ずは館長より未来科学館の概要説明があった。つい先月東芝科学館時代からの総来館数が1,000万人達成したとのこと。
これはすごい記録だ。とくに旧科学館は一般の人には必ずしも便利とは言えない場所にあったことを考えると驚きを禁じ得ない。
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1,000万人来館を伝えるビデオ ヒストリーコーナーにて
ヒストリーコーナー
案内はアテンダントの方に引き継がれ、ヒストリーコーナーから始まった。
東芝が最初に生み出し世に送り出した製品を網羅した年表から東芝の歴史の説明に耳を傾ける。
この年表の中には、1977年の4kbit CMOS RAMや1987年のNAND型フラッシュメモリがいずれも世界初の製品として載っていた。半導体関係者として、ちょっと誇らしい気持ちになる。
創業者の部屋
次は東芝の創業者である田中久重と藤岡市助の展示がある「創業者の部屋」へと移動する。
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田中は別名「からくり儀右衛門」と称された今で言うメカの天才、藤岡は日本の電気工学の先駆者でマツダランプの産みの親である。
近年、機械工学、電気/電子工学、情報工学の知識や技術を融合させることによる新たな技術分野をメカトロニクスと呼んでもてはやす傾向があるが、東芝は二人の創業者がコラボした最初からメカトロニクスの会社だったのだ。
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万年時計 からくり人形(弓曳童子)
一同、万年度計の精巧の極致に驚き、ビデオでからくり人形が実際に矢を放ち、的に当てる場面にまたびっくり。
アテンダントに促され、からくり人形の実演が始まる。その動作は、センサーやマイコンソフトを駆使した現代のロボットも恥ずかしくなるような正確さであった。
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からくり人形の実演 実演の動画(再生ボタンをクリック)
このコーナーの一角に懐かしいマツダランプの看板を発見。
子どもの頃、近所の雑貨屋の壁に貼ってあったのを思い出した。
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マツダランプの看板 八千草薫、新珠三千代の宝塚のポスターにも
1号機ものがたり
次は「1号機ものがたり」のコーナーへ。ここには東芝が創業以来生み出してきた「日本初」「世界初」の製品が年代別に陳列されている。まさしく1890年から2000年代までの東芝の歴史をその製品や技術の変遷から知ることができる。
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日本初の白熱電球、フィラメントは竹製 日本初の扇風機
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日本初の洗濯機 世界初のラップトップコンピュータ
1960年代からは「世界初」の技術や製品が目立ってくる。東芝が戦後日本の高度成長に大いに貢献した証左でもある。
われわれ半導体部門の製品もある。
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1984年世界初の1MビットCMOS DRAM 1987年世界初のNANDフラッシュメモリ
これらの製品や技術のいくつかには科学技術の歴史上で重要な「道磦」になったとして、外部の機関から数々の認証が与えられている。
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国立科学博物館より 米国電気電子学会より
「1号機ものがたり」で少し残念だったのは、世界初の自動車エンジン電子制御マイコンTLCS-12の展示がなかったことだ。
東芝未来科学館のホームページの「1号機ものがたり」のサイトには、詳しい記事が掲載されており、後で高橋さんとこの中にあるショップにあった本「1号機ものがたりⅢ」(2015年刊行)にも載っているのを確認した。
何故展示がないのだろう?TLCS-12開発の主役3人のうち高橋さん、浪本さんの2人がわが三八会に属しているから言っているのではない。
あの土光さんが直接指揮をした全社プロジェクトの成果でもある。今では誰ひとり意識もせずに電子制御エンジンが搭載された車に乗っている。東芝が打ち立てた誇るべき金字塔の一つである。
サイエンスゾーン
次にサイエンスゾーンへ移動。超伝導を利用したリニアーモーターカーの仕組みを見る。
液体窒素を使って、円形軌道の上を1cmほど浮上しながらグルグル回るUFOみたいな模型にしばし見とれる。
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超伝導リニア・カーの原理を知る 実演の動画
続いてサイエンスコーナーで「半導体ができるまで」を見る。
やっぱり古巣は懐かしい?
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「半導体ができるまで」のコーナーを見学する面々
ここで予定されたツアーはひとまず終わり、お世話になったアテンダントの海野さんと記念写真を撮ったあと、各自、自由に見学することとする。
自由見学
トピックスコーナーで水素エネルギー関連の展示などを見ながら、あちこちをぶらぶら。
館内ではあちこちでサイエンスショーが行われていた。
50万Vに帯電したボールに触ると静電気で頭の毛が逆立つ。子供達に大人気。
他にも色々な科学実験やイベントが盛りだくさんあり、子供達が喜々として参加していた。
館内にはミュージアム・ショップがあったので、ここをひやかす。
昨年刊行された「東芝1号機ものがたりⅢ」を見つける。高橋さんが世界初の自動車エンジン電子制御マイコンTLCS-12が載っているのを確認していた。
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ミュージアムショップ 東芝1号機ものがたりⅢ
ショップには科学の入門書や簡単な実験セットなどが沢山並べられていた。
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進藤さんはお孫さんへのお土産に何か買おうと、いろいろと物色。結局は上の3Dカメラ工作セットをご購入。
もう一つの再会
自由見学が終わる頃、このビルの上階にある東芝インフラシステムソリューション社の山内さんが降りて来てくれた。
私が液晶事業部時代に4年間秘書として支えていただいた。あれから随分と経つのに全く年を取らない。不思議な女性だ。
ささやかな北海道からのお土産を渡し、しばし雑談をして、「今度ゆっくりまたね」と別れる。
終わりに
はじめての東芝未来科学館は小向東芝町の科学館時代のイメージをもっていた者にとっては、それを遙かに超えた素晴らしい内容だった。
またこの施設が東芝と一般の方々とを直接結ぶ重要なチャネルになっていることを痛感した。「東芝はやっぱり大したものだ。ちゃんと立ち直るだろう」という会話が他の見学者たちから聞こえてきた時にそのことを感じた。また、多くのイベントや実験などの催しを通じて、次の世代を担う多くの子供達の教育にもこの東芝未来科学館が大いに貢献していることも実感できた。私の長男は小学生時代に小向の東芝科学館を見学したのを機に技術に興味を持ち、技術者の道に進んだ。その息子の子供たちも小学生になった。いつか孫たちを連れて、東芝未来科学館を再訪するのを念じつつ川崎駅に向かった。
最後に見学の予約やアレンジのお世話をいただいた石塚さんに感謝したい。参考:
東芝未来科学館
武石彰、伊藤誠治 東芝自動車エンジン制御用マイコンの開発