西島さんの思い出   佐藤 幹郎
千に三つより一桁上、頑張れ!
昭和59年3月 W作戦の主力艦 大分工場トリプルCプロジェクト 
クリーンルーム棟竣工式にて
トランジスタ工場の廊下で西島工場長に呼び止められた。
工場長とは直接口をきく機会もないまだペイペイの若造の頃だ。
何を言われるのか大いに緊張していると、「お前今晩暇か?」と言う。
はい、と答えると、「それでは五時半に玄関に来なさい。一杯飲みに行こう」
社用車に乗せられ、どんなところに連れて行ってくれるのかドキドキしてしていると、着いたのは川崎駅西口の汚い飲み屋だった。客が店の前まではみ出し、作業服を着たおっさん達がリンゴ箱の上に座り一杯機嫌でもうおだを上げていた。

酒が入るとまさに談論風発、何を話してくれたかほとんど憶えていないが、一つだけ「社製品に手を出すな」というのだけは記憶にある。
当時のトランジスタ工場は若い女性の従業員で溢れかえっていた。若い娘に遊びでちょっかいを出すなという戒めだった。

課長になったときに頂いた訓辞も忘れられない。
「火事を出すな、ひとを殺すな、会社の金を自分の金と思って使え」というものだった。
「会社の金を使うときは、その金額を1/10にし、自分の金と思え。妻に相談するのか、親戚中を駆け回っても借金すべき事案なのかをよくよく考えよ」というのは今でも鮮明に思い出される。

時は流れ、大分工場勤務となり、W作戦の目玉とも言うべき1MbitDRAM製造棟の建設・立ち上げを担当した。クリーンルームが完成し、最初のロットが払い出された時にプロジェクトのフォローのために来場されていた。
期待に反し、歩留まりは4%という惨惨たるものだった。報告を受けた西島さんの口からどんな叱責の言葉が飛び出すかみな固唾をのんでいると
「おれが初めてトランジスタを作ったときの歩留まりは0.3%、千に三個だった。それより一桁良い。頑張れ」というものだった。 
みんな驚き、そして大いに意気が上がった。

俗に言う西島語録は数多く伝えられているが、とくにトランジスタ工場長のときに配布された「部下の育成について」は、定年退社するまで常に机の上に置いて参考にさせていただいた。
オリジナルはぼろぼろになっているので、原文のまま以下に再録しました。

数々の局面でご指導いただいたことに対し感謝申し上げ、お別れの言葉といたします。