萬古焼の町を訪ねて佐藤 幹郎(文と写真)


20年ほど前、三重県四日市市に短期間ではあるが住んだことがある。

会社の借り上げ社宅が陶栄町というところにあり、大家さんから
「ここには四日市の特産である萬古焼の窯元が沢山あります。もしご興味があったら覗いてみるのも一興でしょう」と言われたが、当時は仕事が忙しくその機会もなくて終わってしまった。

ただ、毎朝車で通勤するためにこの町を通り抜けるときに、大きな煙突のあるスレート張りの建物が立ち並んでいて、あそこで萬古焼が作られているのだなという記憶はかすかに残っていた。

たまたま20年ぶりで四日市を訪ねる機会があった。半日ほど自由な時間ができたので、果たせなかった萬古焼の町をぶらりと訪れてみようと思い立った。

近鉄の四日市駅から一駅で陶栄町に降り立つ。萬古焼の町の入り口には萬古神社がある。
萬古焼を生業にしている人々が建立し、毎年5月ここを中心に陶器市が開かれ多くの観光客が集まるという。
境内には萬古焼の灯籠が置かれていた。




すこしぶらぶら歩いてみたが、町の雰囲気が昔の記憶とは大分違う。
以前はスレート張りの工房や窯元の建物がぎっしり建ち並んでいたようだったが、いまは比較的新しい住宅が多く、マンションや大きな道路沿いにはファミリーレストランまで開店している。
煉瓦の煙突がある萬古焼の窯元らしい建物もわずかに残っているが、稼働はしてないようだ。



    
昔はこんな建物が数多く並んでいた

どうやら萬古焼の町は駅から至近の場所でもあり、そのことが新興住宅地に姿を変えてしまったようだ。現在ほとんどの生産は別の場所で行われているとのこと。

さっきの神社まで戻るとその前に「ばんこの里会館」という立派な建物があった。




萬古焼のすべてを体系的に展示紹介し、陶芸教室や即売所もあるというので入ってみる。

先ず出迎えてくれるのが、直径1メートルはあろうかという巨大土鍋。
萬古焼は土鍋が有名で土鍋生産量では全国一を誇るという。






玄関を入りすぐ左手は陶芸教室になっている。大きなスペースで多くの人達が思い思いに作品を制作している。平日だからかほとんどは年金生活者風のひとたちである。





展示されている萬古焼の名品を鑑賞する。
萬古焼の名前の由来は、この素晴らしいやきものが変わりなく後世に伝えられるようにとの創始者の思い「萬古不易」から来ているという。

萬古焼の代表は、紫泥という独特の土を無釉(うわぐすりを塗らずに)で焼いた急須などの茶器である。
この急須は保温性に優れかつ紫泥が適度なアルカリ性を有するためにいれたお茶の風味を高めることが広まり珍重され、実用面から有名になった。

しかし、鉄分を多く含む紫泥を焼き固めた肌は独特の深みのある輝きを秘めており、名工の作品を見ると、素人の私も思わず見とれてしまった。










数々の名品を見た後、二階にある即売コーナーに上がる。
多くの品物があり、値段もピンからキリまで。
家内への土産に手頃な値段の一輪差しでもと考えて、いろいろ探してみたが、適当な品が見つからない。係の女性に応援を求めると勧めてくれたのがこの品である。



「これは酒器としても花器としてもお使いになれます。一輪差しなら少し大きめのお花でもいけますよ」とおっしゃる。本来は盃とセットの商品だが盃が欠品のため特価1,000円也という。
早速購入。これから燗酒を飲むのにいかにもよさそうだが、家内から取り上げないよう我慢我慢。

ほかに客がいないのを幸い、この女性係員と雑談。話の中で、四日市駅の近くの公園内に萬古焼の茶碗で抹茶のサービスをする茶室があるという情報を得る。
ちょうどいま泊まっているホテルの近くである。早速行ってみようと陶栄町を後にする。




子供達が元気にサッカーボールを蹴る鵜の森公園の奥に、茶室 泗翠庵がありました。
静かな竹林に囲まれ、茶会や句会に貸し出される建家と、ふらりと入ってお茶を楽しめる赤毛氈を敷いた椅子席のある建家(立礼席)がありました。
立礼席に入ると、きりりと和服を着た老齢の二人のご婦人が迎えてくれました。

一人がそばにある釜で茶を点てている間に、もうひとりの方がお菓子を運んできました。
作法に反するが菓子とお茶を一緒に写真に収めたいのでと言うと、にこやかに応じてくれました。





地元の茶道教授連盟の各流派から輪番でこの茶室に詰めているそうだ。

お茶とお菓子を頂きながらさっきの萬古焼の町の話をする。他に客はなくゆったりした時間が流れて行く。町の真ん中でこんなオアシスみたいな場所に出逢い、すごく得をした気分になった。

満足して門をくぐりしばらく歩いてから気が付いた。
「しまったお代を払っていない!」
たしか入り口にはお菓子付き一服400円也と書いてあった。
慌てて立礼席へとって返す。お二人がまた笑顔で出迎えてくれた。

萬古焼を巡る半日の散策も終わった。 さて、昼飯をどこで食おうか、、、、、



                              おわり