荒木田 多穂
1970年当時の堀川町工場
三八会のメンバーが入社した昭和38年(1963年)当時は堀川町工場に東芝本社が存在し、なおかつ所属した電子事業部の親工場でもあった。
現三八会のメンバーの7割がトランジスタ工場(現多摩川工場)、3割が堀川町工場に配属され、配属直後の導入教育は全員堀川町工場の当時はエアコンのない部屋で眠気と戦いながら受講した記憶がある。
本社建家はゆるやかな石畳の坂を上ったところにあった。本社に呼ばれたときは歴代の会社功労者の写真が飾ってある大理石の階段を緊張しながら上ったものである。
電球、蛍光灯、受信管、半導体、プロセス開発、応用技術の拠点として数々の思い出多い堀川町工場もやがて工場としての使命を終え川崎事業所と名を変え、そしてついに2000年3月に終息、川崎駅西口の再開発計画の一環として新たに生まれ変わることになった。
計画どおり進行すれば商業・エンターテイメントエリアは今年9月にオープン、住宅エリアも来春完成予定である。
この写真は工事の進捗状況を東芝デバイスのあるソリッドスクウェアビルから変わり行く堀川町工場を定点観測したものである
2005年2月
2005年6月
2005年10月
2005年12月
2006年3月
2006年5月
2006年7月
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再開発完了まで随時更新予定です