友人から聞いた一寸いい話

  オバンケルの息子たち
            佐藤 幹郎


久しぶりに学生時代の友人が札幌にやって来た。
かって北大構内に建っていた学生寮の記念碑の除幕式に出席するためだ。

楡影(ゆえい)寮は、文字通り楡(ニレ)の巨木が茂る林の中にあった。
貧しい学生から優先的に入寮させたため、親からの仕送りが実質ゼロでないと
入れなかった。
この寮の名物は、住み込みの賄いのおばさん、Mさんだった。
夫をサハリンで亡くして引き揚げ、二人の子供を抱えながら、長年にわたって
寮生の母親代わりを務めた。
何でも悩みを聞いてくれたが、時には悪いことをしたと、びんたを食らった学生も
いたという。

寮生たちは敬愛を込めてMさんを「オバンケル」と呼んだ。
「おばさん」とドイツ語の「Onkel(おじさん)」とを合成し、目上の女性の敬称に
用いられた当時の学生語である。

友人は、安保闘争の頃、熱にうかされたように、毎晩、寮の食堂で行われたアジ演説の
中で、調理場で黙々と働くMさんの後ろ姿が、今も忘れられないという。

閉寮から十年余り経った今年、ここを巣立っていった約500人の有志の手によって
記念碑が建てられた。
Mさんと寮生たちが植えた白樺も大きな木立となり、この木陰が設置場所に選ばれた。

Mさんは今も群馬県に健在で、その日、米寿を祝い招待してくれた可愛い「息子」たちの
前で除幕の綱を引いた。

 碑文にはこう刻まれているという:

    ここで学んだ、語った、歌った
     そして時は流れた

        オバンケルの息子たち