小津 厚二郎                    H18年5月8日


 只今紹介に預かりました38回理甲卒の小津で御座います。この様な歴史の有る午餐会でお話をさせて頂く機会を与えられた事を大変に光栄に又有難く思う次第で御座います。実は私は10年と一寸前の平成8年3月のこの午餐会で「カー・エレクトロニックスについて」と言う演題でお話をさせて頂きました。

其の時は、内容が自分の専門としていたテーマでもあり、実に気楽に引き受け且つお話をさせて頂きました。今年の初めに伊藤武典さんからこの会で何か音楽に関して話をしないかと頼まれた時に、何の魔が注したのか、実に気楽に御引き受けしてしまいました。
その後、「伊吹おろし」の4月号にその予告が載って、大先輩であり此処にも御出席の林周一様や四日市市にいる鹿島良哉君から電話を貰ってこの講演会の事が思いの外、広く知られている事を知りました。
又前記の「伊吹おろし」に載っている3月度や4月度の午餐会の演題を拝見しますと、何れも大変に格調が高く又時機に適った興味深いものであり、これらのお話のレベルに相当するお話をする事は並みの事ではなく、その、事の重大さに今更ながら慄然とし、途方に暮れた次第であります。

 しかし、色々と考えている中に、私は、戦後の荒廃した我が国に於いて細々ながら未熟なアマチュアオーケストラがスタートした頃から、現在までの、それらアマオケの変革を見続けている者である事や、又一方では、団塊の世代の第2の人生の始まり等で音楽を愛好する人口が急増しており、又少子化の子供達への金や時間を惜しまぬ情操教育等の影響で音楽がより広く、しかも深い広がりを見せ始め、その愛好者の層も厚くなっている事等の理由で、狭い視野からのものでありますが、その歴史を振り返り、2,3のエピソードを交えながらお話するのも一興かと考え、西洋のクラシック音楽のみを対象とするアマチュアのオーケストラと言う、限られた分野ではありますが、足掛け60年に亘る経験からその裏話等を交え雑談をさせて頂き、少しでも皆様の興味を引き、又今後の皆様の音楽鑑賞の際の御参考になれば幸いと考えて内容を作成する事にしました。
この席にも西洋音楽をご専門にされておられたり、或いは趣味としても、私より高い知識をお持ちの方が居られるに相違なく又お話しする内容も既に御存知の事も多いかも知れませんが、その危険を顧みず、敢てお話する次第です。
因みに、八高の私の同期にも、音楽のプロとしてNHK等で活躍中の作曲家の渡辺宙明君やそのフルートの腕前はプロ級のロボット博士の森政弘君がおります。
 
 最初に、私の経歴を軸にして、オーケストラに関する豆知識や四方山話を順不同でお話させて頂きます。次に、音楽、オーケストラに関する雑談。更に、時間がありましたら、バイオリンに就き、その音の出し方等具体的なお話をさせて戴きます。 
 
 私は、只今の紹介にも在りました様に、大正の末期に、日本一の村と言われた兵庫県武庫郡精道村、現在の芦屋市で生まれ、小学校を卒業するまで居りました。芦屋は谷崎潤一郎の細雪等で御存知かと思いますが、比較的文化の程度が高くバタ臭い所であります。
その生まれた家の隣が教会であり、毎日曜日に、一応はハーモニーした賛美歌を聞かされて育ちました。
そのせいか、ピアノの音や簡単な和音に凄い郷愁を覚え、戦争が熾烈となり、特に八高の寮に入ってからはこれらの音を聞く機会が完全に無くなり、その禁断症状に悩みました。内緒で講堂に忍び込み、幸い鍵の掛けてないピアノを叩き一瞬の満足を得ておりましたが、何分にも音が出る物ですから、直ぐに見つかって仕舞い、何の因果か何時もバカ(当時八高で有名な英語の先生の綽名)が現れ、再三摘み出されました。
空襲で講堂も焼け、焼け跡にピアノのフレームの残骸を見た時は思わず涙が零れました。
名古屋市内の焼け残った家でピアノのありそうな家を探しては、強引に何とか触らせて欲しいと頼んだのですが、全て玄関払いでした。悶々と毎日を送る内、ある日大須の古道具屋でSUZUKI MASAKICHIの銘のあるバイオリンのぶら下っているのを見つけ、大枚300円で即刻購入して帰り、又ホーマンと言う教則本が有ると聞きこれも早速購入し、それこそ寝食を忘れて其の練習に没頭しました。
その頃私は八高正門前に在りました下宿屋の明治館に住んでおりました。隣の部屋に英語の今井先生が住んで居られ、大変に御迷惑を掛けていたらしい事を後で、他の住人から聞きました。
 
 人間が音楽に対して、興味を持ち、ある感慨を覚えるのは、古今東西を問わず共通の事であると思われます。或いは、モーツアルトの癒しの効果が鶏の産卵率にも効果があり、先ほどに述べました、芦屋のでの話ですが、其の頃芦屋にありました牧場で牛に音楽を聞かせると牛乳の出が良くなる等、人間だけに限った話では無いかも知れません。
高さ即ち振動数、長さ、強さ、音色と言う4つの属性を持つ楽音から構成される音楽はメロディー、リズム、ハーモニ―の3つの要素を持っています。どれを取り上げても、面白い話がありますが、本日は、高さとハーモニーに就き、少し触れて見ようかと存じます。現在の我が国では、誰もが知っており、私も元は何となく天からの授かり物、或いは何処かに自然にあった物の様に考えておりましたが、ドレミファソラシドと言う音階は絶対的なものではなく又普遍的な物でもありません。
それは長い歴史を経てやっと到達した物であり、その一部分は我が国やインドや支那の音楽の持つ音階に極めて近いと聞いております。最初に混乱を防ぐ為に、用語の定義と説明をしておきます。お配りした
表の1に在ります様に、音名とは一定の周波数で規定される音に付けられる名前であり、音の高さの基準としております。西洋音楽では、この基準になる音、音名で言ってA即ちイの音は、ほぼ440Hz前後でありましたが、国や時代によりまちまちでした。
一応1859年のパリ会議と1885年のウイーン会議で435Hzと決められ、一方1834年のシュットガルト会議では440Hzと決められ、戦後のアメリカでもこれを採用しておりました。
しかし、ピッチを高くすれば音に張りが出て大きな音が出せるので、時代と共に段段増加する傾向にあり、今では442Hzが一般であり、更に増加の傾向にあります。之に対し、音階と言う言葉があります。
これは、一群の音を規定の配列順序に並べた物で、各民族は固有の音階を持っており、今申し上げているドレミも其の1つであります。
表の2にあります様に、西洋音楽の音階は長音階と短音階、場合によっては半音階に分けられますが、何れも1オクターブは12個の半音程を持っております。この西洋音楽のドレミ即ち12音階の成り立ちに就き説明します。
言わずもがなの事ではありますが、音程は振動数の等差で上がって行くのではなく、等比的即ち比例関係で上がって行きます。
つまり振動数が倍になると、音感として1オクターブ上がり、4倍になって2オクターブ上がったと感じます。ピンと張った弦を弾いて出る音に対し、その弦の長さを1/2とした時に、はじいて出る音の振動数は倍となりその音程が1オクターブ上がります。
そしてそれらの2つの音が極めてよくハーモニーします。2/3とした時には振動数が1.5倍となり、音程が5度上即ちドとソの関係まで上がりこの2つの音も良くハモって気持ちの良い音となります(G線で音を出してみせる)。
管の共鳴で実験をしても同じ事が起ります。これ等のことは、ギリシャでも支那でも発見されておりました。
この関係、即ち5度ずつ上げて行き適当な時に8度、つまり1オクターブ下げる操作を何度も繰り返して音を作って行きますと、即ち、ドから出発して振動数を1.5倍つまり5度上げますとソの音となります、更に5度上げますと上のレの音となります。
之は高すぎるので振動数を1/2即ち1オクターブ下げると最初のドの音の隣のレとなります。この操作を繰り返すわけです。(実演)。
お配りしました
表の3に在ります様に5度の上げを13回1オクターブの下げを7回繰り返した時に最初の音に極めて近い音に到達します。
この事実はかの有名なピタゴラスが弦で、又ほぼ同時代に漢の京房と言う人物が竹の管で実験をし、発見しておりますが、何れも元の音に戻る事は出来ませんでした。
この極めて近い音を強引に等しいと仮定して、言い換えますと最後の1/2の操作を止めて其の音を1オクターブ上のドとして、途中の得られた音を並べなおして得られた物が西洋音楽のドレミであります。これは偉大な発明と言えます。
今少しこの1オクターブを説明しますと、
表4にあります様に、純正調では、5つある全音程の内、ドーレ、ファーソ、ラーシの3つは9/8=1.125倍の比率であり、レーミ、ソーラは10/9=1.111であります。従って、全ての音程は等しくはありませんが、全音程5つと半音程2つの入った、つまり、良くハーモニーする所謂純正調と呼ばれる1オクターブとなり、ピアノの白鍵の音に近い音が得られたわけです。
ここまでは大変に上手く行きますが、更に同じ動作を繰り返して行って黒鍵の音を作る所に問題が生じ、先人たちが大変に苦労した訳であります。
詳しくは煩雑になるばかりで余り面白くもありませんので省略しますが、表の5にその一部を書きました様に、色々な純正律が考えられておりますが、何処かにウルフと言われる不協和の部分が出来るわけです。これでは取り扱いが厄介なので、これを無理矢理に等比級数的に均等に分割、詰まり2の12乗根で1オクターブを分割しますと、即ち半音上がるとは振動数が2の12乗根=1.0595倍ずつ増加して行く、所謂平均律の12音階となり、先程の音階に近くしかも統一の取れた音階が得られます。お配りしました表の4にありますように正確に1オクターブを12分割した音程は平均律と言い、厳密には、良くハーモニーするとは言えませんが、取り扱いが簡単であり、程々の楽しい音楽が得られる事で現在のピアノ等の鍵盤楽器やギター、マンドリン、ウクレレなどの指盤に枕のある楽器にはこの平均律が使われております。
一方、鍵盤楽器でありながらその都度調律をするチェンバロや自分で音程を作り出すバイオリン等の弦楽器や管楽器は平均律よりは良いハーモニーを得る事が即ち所謂純正律を得る事が出来、その時の演奏者が好みの調律、例えばミートンの調律法でお願いしますとかキルンベルガーで頼むとかを調律師に言って選択します。
しかし、先程も、申しました様に、これらの純正律の音階は、何れも何処かに矛盾即ちハーモニーの悪い所、所謂ウルフと呼ばれる個所が生じます。
この事は、美しい調和を持つ自然界でどうして最後にこの様な不調和の部分が出てくるのか、数学ではπやeを考え使う事で、色々な事が非常に巧く説明出来、整理出来ますが、これ等の数自身は10進法では無限に続く無理数となり私にとっては何となく美しくなく思われているのですが、ドレミの不自然さも同様に、この調和のとれた美しい自然界にどうしてこの様な事が起るのか不思議でなりません。
或いは、神様は、人類の音楽は、ピアノの白鍵のレベルで満足しておけとお考えになっていたのかも知れません。
モーツアルトやハイドンの作品に何々調と指定され、5つも6つもシャープやフラットとを付けた演奏者泣かせの曲があるのも、何処にこの不自然な部分を持って来るかにより、曲想が変わるので、この様な事が起るのです。細かい事を無視する平均律では基準のドの音を半音の整数倍上げるか下げるかすれば全ての曲が何の変調記号も無い演奏の楽なハ長調あるいはイ短調の曲となります。
又、少し専門的になりますが、合唱等で良く、ミとラを僅かに低めに歌え等と指示されるのもこの理由によります。余り面白くも無い理屈を並べましたが、正直に申しまして、我々アマオケのレベルは、平均律とか純正律とかを云々するレベルには程遠く、部分的には純正律的な音も出しますが、全体としては平均律レベルのハーモニーも中々得られておりません。ご参考までに申し上げますと、前に申し上げました5度上げて行く操作を4回で止めて音階を作りますと、ファとシが無く、ド、レ、ミ、ソ、ラからなる音階が得られ、矛盾即ちウルフを含まない5音の音階となります。
これは、我が国の雅楽の呂旋法や、蛍の光、夕空晴れて等のあるスコットランド民謡に使われております。又、中国、蒙古、東南アジア、アメリカインデアンにも見られるとの事であります。話を私の経歴に戻します。
 
 東大の入学試験の後、ある人の助言に従い芸大専科のバイオリン科を受験しました所、幸いこれも合格し、戦後のドサクサに紛れて、2つの官立の学校に同年度で入学する事が出来ました。
後で、東芝の人事部長をしていたこれも八高第40回文甲出身の糟谷清彦君にこの事を言いましても、そんな事は有り得ないと言って中々信じて呉れませんでした。
入学と同時に東大オケ、通称オケラと言っておりましたが、に入り3年間の音楽生活を本当に満喫しました。
この間、その頃珍しかった女子学生で、法学部に居られた藤田晴子さんとのモーツアルトの有名なピアノ協奏曲「戴冠式」の共演や、これもモーツアルトの交響曲ジュピター等をやりました。
我々未熟なアマの仲間では、誰かが一拍間違えたりすると同時に終わる事が出来ず、同時に終わる事が出来れば良かった良かったと喜び合います。当時の東大オケのレベルはその程度のもので、やっている本人は楽しくても、とても他人に聞かせられるものではありませんでした。
が、結構沢山の聴衆も来られておりました。そこでは、オーケストラにおける楽譜の読み方等を勉強したりアンサンブルを楽しんだりして、充実した時を過しました。
当時の東大オーケストラは式典の際の総長の出られる時のバックグランドミュージックを引き受けており、安田講堂の向かって右上のボックス席に陣取って南原総長の幕間から出られて演壇に着かれるまでの時間に合わせて戴冠式の最初のテーマの区切りの良い所までを演奏するのですが、中々タイミングが合わず苦労した事を覚えております。
今から考えますと、その頃の東大オケは一応メンバーは揃っていたものの、義理にも上手いとは言えず、大変な代物で、指揮者も、御本人はお解かりでも言っても無駄と諦めておられたのかも知れませんが、兎に角、音楽的な説明や指導は一切無く、後で説明しますメトロノーム的指揮に徹しておられたように記憶します。卒業後、OBの名簿に名前がある所為か、平成12年には東京大学音楽部管弦楽団創立八十周年記念公演としてOBにも参加のお誘いを受け、大勢の年寄りのOBが参加されているとの言葉を信じ参加しましたが年齢はダントツでした。
其の時も感じたのですが、現在の東大オケのレベルはアマチュアオケとしてはかなりの上位に入ります。演奏曲目も難しいリズムの現代音楽までにも及んでおり、海外演奏等、意欲的に活動されている事を東大オケの名誉の為に申し添えておきます。
 
 フィルハーモニックオーケストラは日本語では管弦楽と言い、弦楽器と管楽器と打楽器から編成されております。音楽的な音を出す手段は無数に有る様に思われますが、色々考えても、ついこの間までは、弾く(はじく)、擦る、叩く、管を振動させる以外にはありませんでした。
今は更に、電子楽器が出て参り、これは板を振動させる為に叩くか擦る代わりに何等かの方法で板を振動させている物です。余談ですが、八高におきまして、我々理科の生徒は全員物理の授業で「クントの実験」と称して昼下がりにいかにも眠気を誘う音を校内に響かせていたのをご記憶の方も多いと思いますが、これも管の共鳴の1つです。
又鉄道の遮断機のある踏み切りのカーンカーンと言う音も、昔は実際の鐘が鳴っていたのですが、今は全てトランジスタによる電子的発振で作り出した音です。従って、音程も音質も任意に変えられるので、もっと警報に適した音もあると思いますが、今も如何に元の鐘の音に近い音を出すかに苦労しております。
 
 管と弦とはその音の出し方に根本的な相違があり、管は1本でも充分な音量があり、遠くまで良く通る音が出せます。弦は倍音を多く含み良い音を出しますが、音量が少なく、管に対向するには大勢で同時に音を出す必要があります。この様な理由からオーケストラの楽器の配置は弦が客席側、管が後ろとなる事が一般的で、この配置はほぼ万国共通のものとなっております。
弦の仲間でも音の高い物ほど音量も少なく通りも悪いので、人数で調節し、バイオリンは1stと2ndに分かれて他の弦楽器の倍以上もおります。東大オケも外のオケも私の居た頃は1stバイオリンと2ndバイオリンとが指揮者の左右に分かれ客席の近くに座る配置のものが多くありましたが、チェロの活躍する曲が多くなった所為か、或いは1stと2ndの連携をより重視する為か、現在は東大オケを始めとし殆どのオケが1stと2ndとが客席から見て向かって左側につまり指揮者の左手の側に並び、1stバイオリンとチェロを前面に配置しております。
初めてのホールで演奏する時、演奏会の前日或いは当日、指揮者が最初にやる事は、最前列に並んでいる楽器、特にバイオリンの音が全ホールに特に後ろの客席まで届く最適の前後位置を試行錯誤で探す事であります。
管の位置特に金管の位置は最後部であり、指揮者やコンサートマスターからはほぼ15mは離れており、コンサートマスタの音が届くには0.05秒位の時間を要します。良く、冗談にオーケストラを聞くにはどの位置が一番良いかと言う問いに、舞台正面の横線の垂直2等分線上の席と言う答えは一番良い答えとは言えず、正解はオーケストラのど真ん中であると言う話のあるのもこの理由によります。
曲の個所によって、指揮者は夫々の楽器のタイミングを合わせるのに、ここでは棒を見ろとか、コンマスの弓と先を見ろとか、何々の音を聞いて合わせろとか要求します。合わせるとは大抵の場合音の出し始めの時を合わせるのではなくその要求された音に到達する瞬間、例えばピアノでは0.7秒以上かかります、を合わせる事でありますので、楽器により又ホールにより「ビルドアップタイム」が変化し、それの大きく変わる楽器特に低音の管楽器は苦労します。
 
 管楽器は殆どがソロであるのに対し弦楽器は多数による合奏であります。音楽用語で落ちると言う言葉がありますが、これは演奏の途中で何処をやっているのか分からなくなる場合を言うのですが、良く、弦の人が落ちた時にはジェスチャーだけやり、絶対音を出すな、しかし管の人の場合は何でも良いから音を出して居れ、つまり音を途切らせるな。と言われる理由です。
 
 弦の席順ですが、一番上手いのは一番前の組即ち第1プルトの2人ですが、次ぎのプルトからは上手い順とは限らず、2番目に上手い人が一番後ろに座り皆を監視し、全体の纏まりを良くする方法が採用される事もあり、お聞きになる時にそのような理解の基でご覧になると面白い発見がある時もあります。又、経歴に戻ります。
 
 大学卒業後東芝に就職しその後35年間は、昭和30年代、40年代、50年代に当り、日本の高度成長期と相俟って仕事に没頭し、趣味として楽器をやると言う程の余裕は時間的にも体力的にも全く無く、従って、オーケストラにも入っておりませんでした。昭和六十年頃に定年後に備え、何か趣味を始めておくと良いと言う事で、自宅から通うのに便利な目黒区民オーケストラの門を叩きメンバーに入れて頂きました。
此処には、平成10年頃までの約15年の間はまじめに毎日曜日の練習に参加し、多くの事を学びました。このオーケストラは昭和49年設立と言う事になっていますが、実は未だアマチュアオーケストラが余り出来ていない戦後数年の内に慶応の学生オケの出身の数人が作ったものであり、中々由緒あるオーケストラで最初の希少価値の在る中には、NHKからも出演のお誘いがあった程のものであったと聞いております。ここではアマオケ運営の難しさを散々経験し、色々と其の実学を学びました。
 
 そもそも、アマオケとは、楽器の演奏の好きな人達が集まって合奏を楽しむ集まりでありますが、その問題点を挙げて見ます次の様なものがあります。
 先ず、その目的が曖昧であります。高い演奏のレベルを求めるか、演奏を楽しむ事を優先するか、であります。
更に詳しく申しますと、エキストラの人達を入れても、いい演奏をするか、自分たちのレベルに合わせて程々の演奏で満足するかであります。言い換えれば、人に聞かせるのが目的か、自分たちが楽しむのが目的であるかであります。これには、演奏曲目の選定に直接影響するため何時ももめておりました。総勢60〜70人のメンバーの意向を一つの方向に持ってゆくのは中々骨の折れる事で、どこのアマオケも良く離合集散を繰り返しております。
 2番目には、指揮者の置かれる地位であります。殆どのアマオケは指揮をプロの人にお願いしております。一応プロと言う指揮者にもピンからキリまで色々おられますが、お願いするどの指揮者も先生と呼ばれるのを当然と考え、自分は社会的地位も一段と上の人間と思って居られる様です。
一方、団員側では、人によっては、指揮者は俺たちが雇っている、雇い人だと言う人もいます。指揮者の言う事は絶対だと言う事になっているプロのオケとは異なり、特にカリスマ性が未だ備わらず経験の浅い若い指揮者の場合問題が多く発生します。
 
 3番目にはその構成メンバーであります。多くのアマオケの構成メンバーは老後
の趣味として演奏を楽しむ老人、子供の手が離れ昔磨いた腕を再度振い、音楽を特にアンサンブルを楽しみたいとする奥様方、時間はたっぷり有りこの機会を捕らえて技量も上げたく珍しい曲の演奏経験を得ておきたい、又この組織を使って良い演奏をしたい学生等であります。
又困った問題はアマチュア音楽家の常として、他の世界でも同じと思われますが、自分の力量を2段階くらい上と信じ切っている事であります。これらの人達が夫々の思いを実現しようとして、特に音楽の愛好者は自称繊細な神経の持ち主で、自己主張をするのですから、どんな事が起こるかは、此処に居られる人生経験の豊かな皆様にはくどくど説明する必要は無く、ご理解戴けると思います。
中には何とか、規則まで変えて、自分がソリストとなり、オーケストラの伴奏で協奏曲を(これは楽器をやる誰しもが持つ夢でありますが)やる事を画策する人や、小グループを作ってコンマスの排斥運動をする人も出てきます。
区民の文化的レベルも高く大勢の団員を抱える世田谷区の区民オケではとうとう分裂してしまい、現在は2つのオケがあると聞いております。
まだまだ、練習場の問題、経費団費の問題、楽譜保管の問題等ありますが割愛します。
以上、アマオケが現実に生き続けて活動してゆくには、限りなく問題が起る訳であります。
この様な環境の中で、腕にある程度の自信がある人は、エキストラ専門の演奏者となり、あちこちのオケに顔を繋ぎ、夫々の演奏会間際にほんの1,2回の練習に参加して、エキストラとして出演します。
私も数人を知っており良く顔を合わせました。
団費を払う必要もなく程々に音楽を楽しみ、小使いまで稼ぎ、打ち上げのパーティーには大抵無料で招待されるのですから、団員との親睦を必要としなければ自分の趣味を生かす中々良い方法と思います。
これはもう既に1つの仕事になっているようですが、皆が一匹狼で、未だ組織化する所までは行っていないようです。
 平成5〜6年頃からは次に申し上げます東芝オーケストラと両方に参加することがとても困難となったので目黒区民オケは休団することとし、籍はありますが、休んでおります。
平成に入り、東芝にアマオケが結成されたと聞き、その平成3年の第2回定期演奏会から参加させて貰っています。
 このオーケストラは流石全東芝7万人の従業員、関連会社や其の家族を入れると優に10万人は超える人達から募集しただけの事があり、全ての点でレベルが高く、又先に申上げた目黒オケにある諸問題の殆どが起りませんので、指揮者に良い人を得た事と相俟って、かなりのレベルのオーケストラとなり、私もOBのメンバーとして今でも楽しくやらせて貰っています。
しかし、団員のレベルの高さから、指揮者の要求する要求も高く別の面で考えさせられたり、勉強させられたりしております。
 
 ここで新しく勉強した事にバレーとオペラの伴奏があります。バレーでは、平成10年に牧バレー団の白鳥の湖の伴奏をやる機会に恵まれました。2回の公演があり、その主役の男のバレーダンサーもバレリーナも日本人とロシヤ人が交代で演じましたが、その背の高さと歩幅がかなり違っておりました。そのバレリーナが舞台の1番後ろから1番前まで踊りながら出てくる場面と、男のバレーダンサーが女のバレリーナを抱き上げて高く挙げる場面があり、勿論何れも、音楽に合わせて踊る振り付けとなっているものですから、出てくる場合の歩数は一定であり歩幅の狭いバレリーナは大股で走る必要がありどうしてもテンポが遅くなります。抱き上げる場合も背の高い人の所要時間は長くなります。
1回目の公演で指揮者がこれらのテンポを微妙に調節して棒を振ったのですが、ソロで吹いている管の担当者が棒を見なかったか、うっかりしたのか、その棒に上手く追従しなかったものですから、後で、その指揮者が泣かんばかりにして怒った事を覚えております。
オペラでは、魔笛の伴奏をしましたが、第2幕の闇の女王がソロでアリアを歌う場面で、ここは顔では笑って歌っているが、心の中では泣いているのだからその様に演奏しろと要求され何としたら良いのか困った事があります。後で判ったのですが、演奏する側がその様な背景を理解している場合としていない場合とでは、聞く方の受け取り方が違い、全員が知っていて演奏すれば何となくその様な感じが出るもののようです。
 
 このオケで、つくずく感じた事は、つまり企業のオケでは、余り大きな声では言えませんが、仕事との両立性であります。ある程度の技量に達した腕のある奏者が良い演奏のレベルをキープしようとすれば、かなりの練習を必要とします。
仕事に興味を覚え、生き甲斐を感じた人は残念ながら団を去って行く人も多くいます。又オケの方に生き甲斐を覚える人もかなりの人数がおりこの様な人で団は成り立っているのですが、ここに企業オケの問題があります。又、お互いに気心を知る機会も多く、趣味が一致する為か、団員同士の結婚が多いのもここの特徴です。
しかも、女性の団員で子供が出来ても、何とか按配をして演奏活動を止めず、演奏会にも出る人が多いです。
これは、目黒オケでも言いましたが、一度アンサンブルの楽しさを知ってしまうと中々その魅力を断ち切ることが出来ません。
合宿等で練習の後の一杯機嫌で楽器を持ち寄り、そこらにある適当な楽譜で好きな物を合奏するのは本当に楽しいものです。ウイーンのレストランの奥の一室でここがシューベルトなどが集って騒いだ所だ等と聴くと、何となく嬉しくなり、共感を覚えました。
 一寸アマオケの活動とは関係はありませんが、ウイーンの話が出た序に御参考までに、オペレッタについて申しておきます。有名なヨハン・シュトラウスのオペレッタ蝙蝠の全歌詞を殆ど暗誦する位学校の部活でやった娘を連れてウイーンのフォルクスオパで蝙蝠を鑑賞する機会がありました。
娘は夫々の場面を全て説明してあげると張り切って行ったのですが、始まって見ると、どうも様子がおかしく、曲は同じなのですが、訳の解らぬ歌詞が多く出てくるし、変なところで隣の人達が大笑いをしております。
後で聞きますと、オペレッタとはそう言う物の様で、その日のニュース等を風刺を交えてアドリブで入れてやるので、新聞を読んでいないと理解できない事もあるらしいのです。
従って、我々ドイツ語の堪能でない日本人は、彼らのオペレッタを理解し鑑賞しているとは言えず、勿論音楽や基本的な劇の筋だけで充分に鑑賞に値するとは言えますが、率直に言って、今の日本のオペレッタのレベルでは彼らの楽しんでいる様に鑑賞するのは不可能と言えます。
このアマオケは中々意欲的な活動をしており、平成8年のアメリカ、13年のヨーロッパと2回の海外演奏旅行や、富士市や那須市の地方公演、ニューイヤーコンサート等を行っております。
ニューヨークのカーネギーホールやロンドンのバービカンセンタでは日本のホールでは経験した事のない音の反響に驚かされました。カーネギーホールでは、隣の音は勿論聞こえるのですが、自分の音が明瞭に分離して聞こえてきて、怖くなった事がありました。
いま少し説明を加えますと、大抵のホールでは、隣近所の音が渾然と聞こえて来る為、全て自分が出している様な気に、即ち急に上手くなった気になり、良い気分に浸る事が出来ていましたが、カーネギーでは自分の出す音が明瞭に聞こえるのです。
又ロンドンではそこの合唱団とベートーベンの第9をやりましたが、合唱団が巧いとオケもこんなに合わせやすいものかと改めて感心しました。一般論に移ります。
 
 指揮者の役目に就いては、モーツアルトの頃までは確定した職業としての指揮者はおらず、コンサートマスターが兼務して、部分的な指揮をしたり、スタートだけを合図したりしていたようです。今でもその無用論があったり、小編成のオケでは指揮者無しでやったりしておりますが、私は絶対必要と考えます。その曲の作られた時代や環境の背景を団員全体がコンセンサスを持てるように説明し、それに基づいて演奏の指導をすることは良い演奏の為には絶対必要と考えます。
例えば、前にも申上げた、魔笛の闇の女王のアリアやベートーベンの第9シンフォニー第4楽章の行進曲の部分でこれは遠くの方から聞こえて来るのだから小さくしかし勇壮に力強く等と一見矛盾する要求に対し、この事を全団員が一致して認識して演奏するとある程度は解決する事があり、この事は指揮者なくしては難しいと考えます。最近は小学生のオーケストラでもレベルが凄く上がり巧い演奏を聴きますが、この様な感情の移行に物足らない所があり、これが小学生的演奏或いはメトロノーム的演奏と言われるものであります。又、一般に指揮者は実に良く勉強しており、われわれの気の付かない、作曲者が意図して書き込んだ微妙な変化や記入を絵解きしてくれて、成る程と感心する事が再三あります。
 
 此処に居られる皆さんのお孫さんやひ孫さん等も情操教育の為洋楽を勉強されている方も多いと思いますので、御参考迄に申し上げておきます。
東芝オケの弦楽器をやる者の大部分は子供の時に教育ママに強制されて習った人です。一般に楽器特に弦楽器を習うのには2〜3歳くらいからと言われますが、そんな年では本人にやりたい意欲が有る筈もありません。しかし皆が異口同音に、その時は母親を鬼ババーと思って恨んだ事もあったが、今はとても感謝していると言います。これは教育ママの指導が結果的には成功した人達のみの口から漏れた話であり、其の裏には、上手くいかなくて挫折し、人によっては、母子の不和等の後遺症までも残している人も大勢居るかも知れません。
アマチュアオーケストラでの弦楽器の利点としては、弦楽器はオケでは多数必要としますので、乗れる機会は沢山あります。
一方、管に関しては、大抵の人が中学以降のブラスバンドで鍛えられた人で、幼児教育を受けなくても、結構物になっている人が大部分です。しかし、不利な点としては、殆どの曲が、沢山の管を必要としませんので、乗れる機会は少なく、かなり上手くても降り番を経験する様です。又、何時まで楽器を楽しめるかと言う事に関しては、個人差も大きいですが、該して管楽器は胸や両脇の筋肉の衰えと共に高音が出なくなってきます。
弦楽器はバイオリンやビオラはその演奏する体位が不自然な格好で無理があり、50肩や60肩では全く楽器が持てなくなる事があります。
諸楽器の内チェロが最も自然な体位で演奏する物と言えます。ここにはお医者さんも居られると思いますが、私の経験では、段々衰えてくるのは、腕や指の動きではなく、目の動きでした。
先日運転免許証の書き換えで、動体視力を測定して、普通の視力が1.2あるのに対し動体視力が0.2と出たので納得出来たのですが、速い曲には付いて行けなくなります
 折角の機会ですので、オケのメンバーが実際にはどのような譜面を見ているかを説明します。
お配りしました譜面のコッピーは、来週の日曜日に日本産業音楽祭で演奏するベートーベンの第9シンホニーの2ndバイオリンの楽譜の最初の頁です。
色々な書き込みがありますが、絶対必要な事は上げ弓か下げ弓かの記入です。原則として、小節の始めは下げ弓です。2行目の終わりの方にある下向きのカタカナのコの字は下げ弓、Vは上げ弓を意味しますが、これも多くの場合なかなか決まらず演奏会当日になっても変わる事があります。
その他、指揮者の注意事項、1stバイオリン等他のパートと合わせる所の記入、パートリーダの意見指導等で書き込みがどんどん増えて行きます。必要に応じて指揮者は弾き方や弓の位置まで口を出します。具体的に少し説明します。1行目には、sul tast、指板の上で弾けや、飛ばさないや、段々弓元へ等弾き方の指示や、クラリネットの入る箇所やオーボエの入る箇所の記入がありここでタイミングの微調整をします。小節に番号が振ってあるのは同じ音が続くので、頭の中で数えておれと言う事です。2行目の真ん中辺りまでで、ppからffまで段々強くして行き、弓も弓先10cm位から全弓まで、飛ばさない刻みから半飛ばしを経てはっきりとした全弓まで変化させます。きりがありませんので後は、省略します。
 
 音楽特有の言葉に就き説明します。一般の用語ですが音楽の演奏時に使われますと、何となくその特有の気分が解ります。
落ちる:前に説明しましたが、今何処をやっているか判らなく状態です。モーツアルトやベートーベンの様に、リズムのはっきりした曲では、落ちても直ぐ入れますが、バッハの様に同じ様なメロディーが少しずつ変化しながら際限なく繰り返されたり、近代音楽の様にリズムの明確でない曲では一旦落ちるとそれは大変です。
走る:あるパッセージを慌てて正しいテンポより早く弾いてしまう事です。自分では中々判らず、言われても 中々直りません。転ぶとも言います。
飛び出す:短い休止時間の後で入らなくてはならないとき、一寸早めに出てしまう事をいいます。
音を立てる:歯切れ良く弾く。2種類以上の楽器で早い演奏を揃えてやる時に良く要求されます。
粒を揃えろ:均等な強さの音で弾く。弓の上げ下げ、移弦等が交じると中々均等になりません。
歌う;感情をこめて演奏する。
乗る:演奏に参加する事を言います。
 
 指揮者の良く言う注意事項、及び一見矛盾した要求を列記して見ます。
譜面通りのタイミングで:正確にリズムを取って弾けと言う事です。
感で入らず、ちゃんと数を数えて入れ:6/8,4/4等の場合にその更に半分や1/3の休みの後で入らなくてはならない時、心の中でちゃんと細かく分けて勘定しているか、していないかは、不思議に指揮者にばれます。
弦の上に弓をおいてから弾け:弓を弦の上に置いたまま音を出さない事は大変に難しい事です。しかも弾き始める前にビブラートを掛けておけ等を要求させると、更に難くなります。しかし、上からすとんと落として弾くと不思議に一瞬遅れます。これはプロも含めてやっているか、いないかは直ぐ判ります。
オペラの歌手の顔と心の違い:前に説明しました魔笛の部分であります。
ppであるが強く(力強く):前にも言いましたが、ベートーベンの第9の4楽章などにあるのですが、遠くから聞こえてくる行進曲であり音は小さいが、強く演奏しろ。
 

 時間が在りますのでバイオリンについて説明します。
 
●楽器について;
 バイオリン等の弦楽器は意外と新しいものであり、しかも完成した物であると言われますが、ほぼ300年位前にイタリヤのクレモナで完成した物です。ニスや木の材料には、再現不可能だとか100〜200年に最良の状態が訪れその予見が大変に難しい等の伝説的、神話的な話が沢山伝わっていますが、私は、近い将来、科学的な解析が進み、合成材料が使われ始めると徐々にこれらの神話的な話は消えていくような気がします。事実、私がバイオリンを始めた頃は、弦にはガット製つまり羊の腸で作ったものが最良であるとされておりましたが、これは音も小さく、直ぐに切れてしまって、全く泣かされた物です。今は殆どがナイロン等の合成材料の弦となり、カット等は完全に市場から消え、使っている人も見られません。しかしナイロンの弦は中々切れませんが、弾性が落ちて来て音質が悪くなるので、未だ使えるのに惜しいけれども交換しているのが現状です。これも何れ解決すると思います。弓の材料も、その狂いの無さと腰の強さは大変に重要で良い演奏には欠かせません。一般にはバイオリン本体の半分の値段の弓を使えと言われております。本体と違い、木製の弓には寿命がありますので、演奏者にとっては大変な負担となります。しかし、最近之にもガラス繊維や炭素繊維の入った合成樹脂のものが出始めました。この材料は、先に述べた要求される特性を満たすのは容易と考えられますので、まだプロには認められず、普及しておりませんが、何れかなりの弓がこれに置き換わるものと思われます。何れは、材料の革命はバイオリン本体にも及ぶと思われます。

●音の出し方(実際にやって見せる)
 音の種類;ピチカット、フラジオレット、ダブルストップ
 弓;角度、早さ、力、位置;指板側か駒側か、弓先か弓元か、アップかダウンか、飛ばすか飛ばさないか、どの位置から始めるか
 指;どの弦を使うか
 装飾音の付け方
等あります。
 
 私の孫娘は今小学3年生であり、天賦の才がある筈も無いのですが、バイオリンを始めて、未だ2年程ですが、もう既に私よりずっと巧くなっており、今春からはジュニアーのオケにも入ると言っております。
多くのこの様な子供達がこの調子で大きくなって行くと一体この世はどうなって行くのかと楽しみになります。
その様な時には、アマオケにも思いも掛けない色々な変化が見られると思います。後5年程は見ていたいと思いますが、出来るかどうか判りません。
 

 御静聴有難う御座いました。




(注)本稿は筆者小津 厚二郎氏が母校(旧制第八高等学校)OBの会合で講演された講演原稿を再録・転載させていただいたものです。