はじめてのアメリカ旅行記(後編)    深作 三郎(2004/6/7)

<アメリカ見物>

ChicagoからMadisonまで車で行き、帰りも車でMadison→Milwaukee→Chicagoと戻り、短いアメリカ旅行であったが日本しか知らない自分にとってどこか違うなという好奇心を持って旅をした。
国土の広さの違いから来るのか、国民性の違いからくるのかなどと。

■アメリカは車社会といわれるが、高速道路の発達にはびっくりした。
道路の路面は日本より悪いが、ところどころで40セント分 コインを籠に投入すればよい。
日本では数千円から万円は軽くかかる。道路工事にも全然ぶつからない。
いつ修理するのだろうと余計な心配をした。日本も早く高速道路が安くなればよいがなあと思いつつ。

■MadisonはWisconsin州の州都でキャピトルがある。
キャピトルの周囲で毎週2回朝市が開かれ、市民の買い物の場であり、憩いの場である。
丁度寒い冬から開放され春を楽しむようで多勢の人出であった。
またキャピトルの中も入れ、議事場も自由に見物する事ができた。
神奈川県庁はどうなってんだろうとまたつまらぬ比較論が頭をよぎった。
お昼は日本人が経営するすし屋に寄ったが、味もまずまずでマスターが日本語で挨拶をしてくれ
ホッと感じた。


■Milwaukeeに行く途中、大リーグのブルージェイスのホームグランドに立ち寄った。生憎Awayで試合は無かったが、球場内には入れた。
新築後3年位しか経っておらず大変きれいである。グランドに降りることは許されなかったがゲームの熱気は感じとれた。

驚いたことはバックネットや内野席周りに全然金網らしきものがなかったこと、MLBでグラブを持参して球場にいく様子をテレビで見るが、これではファールボールには本気で気をつけねばならないなと思った。(自分はいつも金網の裏で気楽にみているので)

■Milwaukeeの近くのHARLEY DAVIDSONのエンジン工場を見学した。
セキュリテイチェックは厳しく、見学前パスポートを見せ、カメラも預けたりして手続きをとった。
見学者用の黄色線の中を歩くがよく見せ、説明してくれた。
残念ながら英語の説明でよく聞き取れなかったが、息子の説明によると一時ホンダの進出で経営的に苦境に立ったが、高級品に特化して今は経営状況もよいとの説明もあったと聞いた。

手造りの工程と自動化されている工程があり、いろいろの組み合わせた工程のように見えた。
カンバン方式らしきところも見受けられた。
おもしろいことに作業場内に飲み物やパンなどの自動販売機が設置してあった。
自分の安全や規律の考えからはちょっと考えにくいが。

見学のあと、玄関のショウルームで滅多に触れないオートバイに跨って写真を一枚。

■Chicago美術館を見学した。正面のギャラリーに印象派の絵が沢山展示されていて感動した。
ルノアール、モネ、ゴッホ、セザンヌなどなど。貸し出しも結構多いようである。
ゴーギャンの絵はほとんどなかったのは残念であった。
絵の間近で鑑賞でき、ストロボを焚かなければ写真を撮ることも許されているようだ。
またいくつかの小学生の団体が来ていて先生が説明をしていたが羨ましい限りだ。
尚入場券を一度買えばその券で出入りが何回もできるのはうれしい。

■Chicagoは建築物が有名だそうである。
確かに建物の高さはまちまちだが、道路に直接面して建てられており、街並みの統一がとれていて美しい。中に入ると広いのにびっくりする。ここでも驚いたことがあるが入口は大方手動の回転ドアーである。

日本では六本木で自動回転ドアーに子供が挟まれ死亡事故が発生し回転ドアーが撤去されるそうだが効率だけを考えた結果か?
外国の情報は当然知っていると思うが、どうして安全が忘れられたのか素人ながらはなはだ疑問を感じた。逆にアメリカでは野球場には金網はなく、自己責任で観戦せよということのようだが。

■夕食後Chicagoで2番目に高い高層ビルに案内してもらい夜景を見た。
幸い天候に恵まれ素晴らしい夜景を堪能することが出来た。
でもここでも日本の夜景と違うな思うところがあった。
シカゴの夜景はナトリウムランプが多いせいか、全面黄金の光の海である。
日本の夜景は白色の蛍光灯が多いためかダイヤモンドの様な輝きがあるが。
電力代はどっちが得なのやら。

■Chicago空港ではセキュリーティが厳しいと聞いていたがセキュリティチェックのゲートでピーピー頻繁に音が鳴る。自分も家内も音にひっかかったが、ジャンバーを脱いだり靴を脱いだりしてOKとなった。
どうも僅かな金属にも反応するようである。テロは怖いから仕方ないことと思う。

■食べ物はやはりボリュームの多さに圧倒される。
料理はやはり日本の料理の方がいいなと思った。しかし体力勝負になると同じ位食べないと負けそうな気がする。
食文化になじめないとアメリカ生活は出来ないといわれたがこれごもっとも。
アメリカへ行っても日本食を探す自分には長期のアメリカ生活は無理と悟った。

■アメリカではすれ違い様 チョット身体が接した程度でも間髪入れずに「Excuse Me」と言ってくれる。
知らぬ赤の他人だから知らんぷりをしてしまえと思い勝な自分を恥じた。

■息子は6月からフロリダの職場に配属された。
車でMadisonからFloridaまで3日かかって移動したとのこと、2年間ですっかりアメリカ生活に溶け込んだ息子夫婦に感心し、元気に活躍することを祈っている。

次はFloridaに行こうと家内と話あっている。