ぶらり深川     
               2009/11/03  
佐藤 幹郎(文と写真
  
       
深川名所のひとつ清澄庭園


深川めしを食す

本社にいた頃、昼休みの会議室で営業のA君が美味しそうな弁当を食べていた。
アサリの沢山入った炊き込みご飯風。訊くと「深川めし」だという。

すこし食べさせてもらうとこれが美味。
深川にある顧客を訪問したときには必ず買って帰るという。
「今度おれにも買ってきて」ということで、その後しばしば深川めしの弁当を食うことになった。

しかし、本当の深川めしというのはどうも違うらしい。
一度店を訪れて本物?の深川めしを食してみたい。
と思いつつもはや年月は十年以上も過ぎてしまった。

六月某日、横浜のホテル。
今日は夕方まで予定なし。何故か深川めしが頭に浮かぶ。
「よし、これから出かけて昼飯に深川めしを食いに行こう!」
むかしA君から聞いていた店の名前だけは記憶にある。
ホテルのロビーにあるPCでインターネット検索するとすぐ分かった。
地図を印刷して出発。便利な時代になったものだ。

久しぶりに浜松町駅で降り、ぶらぶらと大門の方へ歩く。梅雨の晴れ間にもかかわらず、空気が乾いていて心地の良い日だ。
大門から大江戸線に乗り、清澄白河駅にて下車。

大通りを曲がり、地図を頼りに深川江戸資料館へ通ずる道を歩く。
東京では珍しく古い家並みが続く。縄のれんを垂らし「商い中」とあるお店を発見。
焼き鳥の香りでも漂ってきそうな雰囲気だが、よく見るとなんと公衆便所である。
町並みにとけ込むように作られた粋なデザインだ。



    
江戸風の公衆便所


目指す店はすぐ分かった。あれっと思うほど小さな店だ。
到着したのは十一時半頃。店の外にはすでに10人ほどの客が店の開くのを待っていた。


    
「深川宿」本店


間もなく店員さんの案内で店内へ。待っていた客の数で丁度埋まるほどの小さい店である。
誰かが深川めしの由来を尋ね、ベテランの店員さんが答えている。

昔、隅田川沿いの深川の漁師たちが船の上で獲れたばかりのアサリをみそ汁に入れて煮立て、これを飯の上からかけて食したのが「深川めし」の起源で、別名「ぶっかけめし」という。
「ぶっかけめし」はアサリの他には長ネギだけが入っているシンプルなものだそうな。
一方、「深川めし」として有名になった炊き込みごはん風のものは、油揚げなどの具を加え、醤油味で仕上げたもので、昔この辺に木場があった頃、そこで働く職人や大工さんが握り飯や弁当にして持ってゆくようになったのが始まりとの説明。

本来の深川めしである「ぶっかけめし」と炊き込みご飯とのセットメニューがあるというので、これを注文することにした。2,100円也。




     
アサリの浅炊きや佃煮を試食

と待つ間もなく、テーブルの上に数個の小さな重箱が登場する。
アサリと椎茸の浅炊き、アサリの佃煮、塩豆などが入っている。当店のお土産品の試食です、ご自由にとのこと。
お茶を飲みながらつまむ。美味この上なし。

急に一杯やりたくなってくる。
まだ昼間だしな、と迷っていると「お待ちどうさま」と深川めしが出てきた。



     ぶっかけどんと炊き込みご飯のセット「辰巳好み」


先ずは熱いうちに「ぶっかけか」らとのお奨めで、刻み海苔のかかったぶっかけめしから。
箸だけだと食べにくいなと思っていたら、すかさず、「どんぶりを持って、かっ込んでください」
とアドバイスが来る。元は漁師の食べ物だから、上品な食べ方では駄目なのだ。
色鮮やかな生海苔がたっぷり入ったお吸い物に野菜の煮物、お新香、それに甘いゴマだれがかかった白玉
だんご、まさに日本人に生まれて幸せのひとときである。

お盆が下げられ、入れ違いにサッと出てきたのが、デザートの「葛切り」である。


      デザートの葛切り

ひんやりとした葛に黒蜜のほのかな甘み、和のスイーツの極致である。


深川江戸資料館

大満足で満腹を抱えて店を出ると、目の前がなんと深川江戸資料館とある。
時間もあることだし、覗いてゆくことにする。
入り口から覗くと、展示パネルがいくつか見えるが薄暗くてあまりパッとしない感じだ。
ちょっと迷ったが、入館料300円払って中に入る。

まずはここ深川に縁の深い偉人達のパネルが出迎えてくれる。
他に松尾芭蕉、紀伊国屋文左衛門、四谷怪談の作者 鶴屋南北などなど、、、、


   深川ゆかりのひとびと


   明治か大正の歌かと思っていたのが江戸時代の歌と知りびっくり

一階の展示フロアの奥は何やら地階へ降りて行く階段になっていた。
この階段を途中まで降りてゆくと眼前に広がる光景にびっくり仰天。
地下一階から二階まで巨大な吹き抜けになっていて、ここに江戸深川の町人の街並みが復元されているのである。
階段を降りながら、まさに江戸時代にタイムスリップしてゆく感覚が楽しめる。
しかも、一定時間間隔で照明が切り替わり、日が照る昼と月の光が差す夜へと変化する凝った演出がされている。


    蔵や火の見櫓が見える街並み。 右は夜。

隅田川の船着き場の周辺に八百屋、米屋、油屋、船宿と水茶屋や屋台などの飲食店が並び、その裏に長屋が並ぶ。
長屋の住人もアサリの行商人、船宿の船頭、芸事を教える女師匠、米屋の奉公人、それに木場の木挽き職人など細かく設定され、それぞれに対応した家具調度、道具、衣類などが置かれている。
道幅、建物の寸法なども当時の資料に基づいて忠実に再現され、作りも在来工法で現代の金具や建材を一切排したというこだわりよう。

時代劇映画のセットみたいなものを想像してゆくと、良い意味で予想は完全に裏切られる。
そして、全ての建物の部屋に自由に入れるところが素晴らしい。
木挽き職人の家に入り、長火鉢の前に座りあたりを見回せば江戸深川の町人になった実感が体験できる。


  船着き場へ向かう通り

 

  
昼間と夜の船宿の風情



    てんぷらの屋台 この当時は寿司も屋台で供されたという



   木挽き職人の家


あまり期待しないで入った深川江戸資料館も予想に反し大満足でした。


清澄庭園

帰りは来るときに降りた清澄白河駅のすぐそばにある清澄庭園を見てゆくことにする。
入園窓口に65才以上割引70円と書いてある。
窓口のおばさんにその旨伝えると、「あらあなた若いわね」と言う。
慌てて「免許証要りますか」と言うと、「ここは自己申告だからいいわよ」と笑う。
どうも暇なときはこうやって男をからかっているようだ。

入園券と一緒にもらった案内パンフレットによれば、ここは元はかの豪商の紀伊国屋文左衛門の
屋敷跡だったという。明治時代になり三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎が社員の慰安や顧客の
接待のための庭園として整備したのものが現在の庭園の基礎となっているらしい。

回遊式林泉庭園というのだそうだが、墨田川から引かれた水をたたえた大きな池の周りには4,000本をこえる様々な樹木が植えられ、池の周りには全国から集められた名石が埋め込まれている。

一緒に歩き出したおばさん達の会話を聞くともなしに聞くと、涼亭の近くに花菖蒲が綺麗に咲いていて見頃だというではないか。涼亭とは数寄屋作りの建物でいまちょうど池の対岸に見えている。
一緒に涼亭を目指すことにする。
遊歩道のかなりの部分は「磯渡し」と呼ばれる踏み石を渡りながら池の周りを巡るように造られて
いる。


 
磯渡し                          対岸の涼亭



 亀と鯉                          各地から集められた名石

磯渡しの傍らには今を盛りと紫陽花が咲いている。ここの池は鯉と亀が沢山飼われている。
踏み石の上で甲羅干しをしている亀を踏まぬように、名石を眺めながら、かつ写真を撮りながら進む。
いろいろやりながら歩くにはどうもこの「磯渡し」は足場としては良くない。
一緒にスタートしたおばさん達のグループははるか向こうに行ってしまった。

そのうちに、座骨神経痛を患っている右足が少し疼き出した。
涼亭まではまだかなりありそうだ。残念ながら花菖蒲を見るのを諦めて引き返すことにする。

入り口付近のベンチでお茶を飲み一休み。
ししおどしのある手洗い石の傍には白いクチナシの花が満開だ。
この清澄庭園はまさしく大都会東京のオアシスである。
季節が変わるとまた違う趣で迎えてくれるのであろう、いつかまた来てみたいなどと思いながら帰りの駅へと向かう。

帰りの電車の中で「遠出しなくても素敵な旅が待っている」という都内バス旅行の宣伝が目に入る。
今日はまさしくそんな旅をした日かもしれないなどと考えながら横浜へと向かった。