返還後五年目の香港を見てきました
                       2002/08  石塚 洋

 

三月の彼岸に実家に墓参りをした時、義弟夫婦と「香港グルメ旅行」でも行くかと話が弾み、この七月に行って
きました。義弟は「永谷園の営業」を30年間勤め上げたが53歳のとき「大腸がん」を患って会社を退社しました。
今、水泳をやったり、PC教室に通ったり元気になりました。
小生は今度で香港訪問は7回め位になりましたが、彼等夫婦は会社人間でしたので
新婚旅行にハワイに行ったのがただ一度の海外旅行だったようです。
従って今回は我等夫婦が総ての計画を立て、出かけてきました。

      
      香港の夜景

2002年7月6日出発;『香港美食三昧の旅 四日間』(近畿ツーリスト)

5:13AM、JR大磯駅発で大船まで。「成田エクスプレス」で
「成田空港第2ビル」へ。スーツケースは前日宅配便で届けたから手荷物は
ショルダーバック唯一つ。
我々の飛行機は「全日空NH909便」、定刻離陸。機内食をゆっくりとっているうちに
現地時間13:40、無事「香港新国際空港(1998年4月開港)」に着陸。
立派な飛行場だ。成田がとても貧弱に思える。成田はとても「アジアのハブ空港」
にはなり得ないと思う。
着陸料金もジャンボ一機成田は95万円、香港は31万円と聞く。何事も1/3だ。
飛行機を降りてからイミグレーションまで結構歩く。何度も聞いて辿り着いた。
アラブ系の人は手続きに時間がかかる。長蛇の列が出来ている。
5年前は簡単に済んだと思う。

新空港からバスで九龍半島の「ホテル 日航香港」まで小一時間かかった。
「人民解放軍の看板」が懸かっているビルが目に付く。天候は上々のせいか暑い。
ホテルに荷物を置き早速名所旧跡の見学、免税店めぐり、A級偽物の館
(あるマンションの一室)、宝石店めぐりを繰り返し、一日目は夕食、
フカヒレスープ付「潮州料理」に、二日目朝食は「アワビ中華粥と点心」、                              
昼食は「広東飲茶」、夕食は「北京ダック付北京料理」と美味い料理が次から次へと出てくる。
とても食べきれない。
仲間の若い4人組女性(静岡 清水市の面々)の食欲には圧倒された。三日目はフリーデー、四日目昼食は辛い「四川料理」、
ショウロンポーを上手く食べる事が出来た。

あっという間の4日間の旅でしたが、「広東ロードの雑踏」「東京でもこの規模はないランドマーク、タイムズスクエア、
セントラル等のショッピング モール」、香港人口680万人プラス外国人がこの九龍と香港島に集合している。
「現在不景気な香港」と聞くが、ここにいる人たちの動きを見ていると「明日の夢」を必死に追い求めている様を感じる。
中国の一部が「香港」であり、「深セン」であり、上海、アモイ、ジュカイであることを考えると、今までの中国のイメージを変えねばならない。
中国は単なる「世界に製造工場」だけでなく、「大きな大きな市場」が芽生えて来ている事を感じざるを得なかった。
これから日本は偉大なる中国と手を携えていかねば為るまい。
返還後の香港をこの俺の目でしかと見定めてみたかった。

「返還五年後の香港」は決して逆戻りはしていなかった。むしろ大きく前進している。リチャード リー氏のような起業家がしっかりと
「中国の将来像」を描ききっているかもしれない。
日本も負けずに。兄弟夫婦との旅は始めてであった。有意義な旅だった。
来年二月の「三八会の旅」も心待ちにしている。