左はモンマルトルにあるサクレ・クール寺院です。
画家らしき風貌をした土産の絵を売っている人々が大勢群がっており、各国芸術家の溜り場の様相を呈しています。
私がいつも訪ねるのはモンマルトル墓地です。
ドガやスタンダールも眠っていますが私の好きな曲の一つである『幻想交響曲作品14』の作曲者であるベルリオーズの墓があります。
これも『旅の報石箱』の一つです 標題音楽の作曲者として
知られるエクトル・ベルリオーズ(1803-1869)は、1828年に当時ヨーロッパ中で有名であったイギリスの女優、ハリエット・スミスソンの公演を観て一目惚れし恋心を燃やしたが、人気絶頂の女優と無名の作曲家では実るわけがなく一方的な片思いに終った。
この失恋が『幻想交響曲作品14』の作曲の源で2.5ヶ月の期間で一気に作曲したといわれる。"夢・情熱""舞踏会""野の情景""断頭台への行進""サバの夜の夢"の5楽章からなるこの曲で大成功をおさめ、一躍ベルリオーズを有名にした。
この曲の名盤はシャルル・ミュンシュ(CHARLES MUNCH)指揮、ボストン交響楽団演奏が挙げられる。
フランス生まれのシャルル・ミュンシュが、祖国で非難を浴びたために、ボストンに渡り13年間もの間、
ボストン交響楽団を指揮した中で生まれた名演奏であるが、その後祖国から請われて新しく創設された
パリ管弦楽団の初代指揮者として就任し、その最初の演奏会で演奏された幻想交響曲の熱気溢れる演奏は
フランスとミュンシュの威信を輝かす名演として知られる。
私は上記2つの名盤(どちらもCD化されている)の他に、ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルハーモニー
管弦楽団演奏、リカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団演奏、小澤征爾指揮ボストン交響楽団演奏のものを
収集し、都度聞き較べ愉しんでいる。
なおベルリオーズはその後1830年からローマに留学するが1832年にパリに帰国し、帰国最初の演奏会でも
『幻想交響曲作品14』を演奏したがその演奏会に、既に人気を失っていた女優のハリエット・スミスソンが現れ、
再会を果たし結婚している。
次はジュネーブ(Geneva)&モンブラン(Mont Blanc)です。