2.パリ(Paris)
  
 ロンドンからパリへはBA便でCDG(Charles de Gaulle)空港到着。CDGはガラス張りの
エスカレーターが縦横に配置されアクセスに便利な洒落た空港です。
ホテルはオペラ座通りにあるホテル デュ・ルーヴル(Du Louvre)です。
その名の通りルーヴル美術館(Le Louvre)の真前にあるホテルで各種アクセスに極めて便利な場所にあり,
その後も何度かパリを訪問していますがここが気に入ってリピーターになっています。
滞在期間中何度もルーヴル美術館に行きましたがホテルから2分ほどで着きますし、いつも美術館の中の
喫茶店(3カ所ある)に寄ってゆっくり過ごすことが出来ました。



上の左写真がホテル デュ・ルーヴルで右写真がホテルからルーヴル美術館への通りです。
左下は美術館への入り口でガラスのピラミッドの下にあるナポレオン広場から入館します。
ルーヴル美術館は建物自体約300年かかって完成されただけあって荘厳重厚、収納品数20万点を誇る
世界最大の美術館というだけあって名作の宝庫です。
およその展示物を観て周るのに美術員に伺うと2週間ぐらいかかるとのこと。
日曜日は入場料半額、第一日曜日及び18歳未満は無料などさすが文化の国で、大勢の生徒を連れて
絵画の前に皆で座り、先生が熱心に講義をしている光景を各所で毎日のように見ることが出来ました。
ヘッドホン式の日本語のオーディオガイドが用意してあり便利です。





以下に有名なものを3点ほどあげてみますが何といっても圧巻はダヴィット作の『ナポレオンの戴冠式』
(上図)で、縦610cm×横931cmの大きさには圧倒されます。
ルーヴル美術館最大の絵画で作者が2年(1805〜7年)かけて完成させた名作で、皇后ジョセフィーヌに
ナポレオンが戴冠している絵ですが参列者として描かれている人物が全員誰であるかが判明しているとのこと。
名作は『ミロのヴィーナス』『レオナルド・ダ・ビンチのモナリザ及び聖アンナと聖母子』『アングルの泉』
『サモトラケのニケ』『ミレーの晩鐘』『ハムラビ法典』『ラファエロ美しき庭師の聖母』『ドラクロアの
民衆を率いる自由の女神』『マネの草上の昼食』など枚挙にいとまが無い。
モネ、ドガ、ピサロ、ルノアール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなどの印象派以降の先駆者たちの絵画は
まる一日掛けても見終わらなかった。
ルーヴル美術館のほかにはオルセー美術館やオランジュリー美術館など数多くの美術館や博物館が訪れる度に
新たな感動を与えてくれる。
私は特にオランジュリー美術館のモネの大作『睡蓮』8枚連作は必ず訪れることにしている。




 パリの観光ツアーで欠かせないのがCITYRAMAとBATEAUX−MOUCHES
(バトー・ムッシュ)である。
CITYRAMAは各種バスツアーを半日、一日コースで用意してありピラミッド広場(ジャンヌ・ダルクの
金色の像がある広場)から出発する便利なツアーである。
BATEAUX−MOUCHESはセーヌ川のアンヴァリッド橋のたもとから発着する遊覧観光船で、
ノートルダム寺院のあるシテ島、サン・ルイ島から自由の女神の像のあるグルネル橋もでの41ヶ所の
名所旧跡をゆっくり遊覧するもの。
下の写真は船内の様子でディナークルーズに参加したときのものであるが、次第に夕闇が迫って来て、
エッフェル塔やブルボン宮殿などが美しく浮かび上がってくる光景は食事の美味しさと相まって本当に
素晴らしいものです。
時の経つのを忘れ優雅に過ごせること請け合いです。









































              






左はモンマルトルにあるサクレ・クール寺院です。
画家らしき風貌をした土産の絵を売っている人々が大勢群がっており、各国芸術家の溜り場の様相を呈しています。
私がいつも訪ねるのはモンマルトル墓地です。
ドガやスタンダールも眠っていますが私の好きな曲の一つである『幻想交響曲作品14』の作曲者であるベルリオーズの墓があります。
これも『旅の報石箱』の一つです 標題音楽の作曲者として
知られるエクトル・ベルリオーズ(1803-1869)は、1828年に当時ヨーロッパ中で有名であったイギリスの女優、ハリエット・スミスソンの公演を観て一目惚れし恋心を燃やしたが、人気絶頂の女優と無名の作曲家では実るわけがなく一方的な片思いに終った。
この失恋が『幻想交響曲作品14』の作曲の源で2.5ヶ月の期間で一気に作曲したといわれる。"夢・情熱""舞踏会""野の情景""断頭台への行進""サバの夜の夢"の5楽章からなるこの曲で大成功をおさめ、一躍ベルリオーズを有名にした。

この曲の名盤はシャルル・ミュンシュ(CHARLES MUNCH)指揮、ボストン交響楽団演奏が挙げられる。
フランス生まれのシャルル・ミュンシュが、祖国で非難を浴びたために、ボストンに渡り13年間もの間、
ボストン交響楽団を指揮した中で生まれた名演奏であるが、その後祖国から請われて新しく創設された
パリ管弦楽団の初代指揮者として就任し、その最初の演奏会で演奏された幻想交響曲の熱気溢れる演奏は
フランスとミュンシュの威信を輝かす名演として知られる。
 私は上記2つの名盤(どちらもCD化されている)の他に、ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルハーモニー
管弦楽団演奏、リカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団演奏、小澤征爾指揮ボストン交響楽団演奏のものを
収集し、都度聞き較べ愉しんでいる。
 なおベルリオーズはその後1830年からローマに留学するが1832年にパリに帰国し、帰国最初の演奏会でも
『幻想交響曲作品14』を演奏したがその演奏会に、既に人気を失っていた女優のハリエット・スミスソンが現れ、
再会を果たし結婚している。

次はジュネーブ(Geneva)&モンブラン(Mont Blanc)です。