故宮博物院と台北の旅:4日間
2002/11/23 石塚 洋
11月6日〜9日;弟夫婦達と台北を旅した。
サラリーマン現役時代は正月とお盆、つまり年:2回位、実家で酒を飲んで、世間話などするのが
精一杯であった。それも両親が亡くなった今はなかなか歩調が合わない。今まで夫婦で海外旅行など行った事など無い弟夫婦も俺達に感化されたか、「足が動くうちに」と考えたのか、6月に香港に行ってはまったのか、今度は台北の故宮を観たいと言ってきた。
参加する夫婦では俺が一番の長兄となるので必然的にリーダー役を受けることになる。
「コースの選定」(コストパフォーマンスを十二分に考慮する;この点は俺の家内が一手に引き受ける)「出発時期とその準備」
「旅先のガイドブック作成;之はこの俺が手作りをする」等。
この手作りガイドブックは「その国の歴史、現状と課題」をPCで作成し、成田の待合室で配り、機内で読んでもらう。読まされる方は迷惑かもしれないなと思いながら、このガイドブックの中身の質をより上げるため一ヶ月前辺りから大磯図書館に通う。
今回も司馬遼太郎の「台湾紀行」はじめ5冊の本を読破し纏めた。之は自分にとっても勉強になり、見物するときの興味も倍増する。
この手作りガイドブックは俺のPCにファイルしてあり、今回で4カ国になった。
今回で俺は「故宮博物院」見学は3回目だが、今回現地ガイドさんの説明が素晴らしく、より理解を深める事が出来た。

11/6午後は1Fの「青銅器」を見た。絵模様も繊細で2000年も前にどんな鋳型で作られたのか
想像もつかない。11/7午前中は2Fの「陶器」、3Fの「書画」を見た。故宮博物院の財宝は78万点あり、一度に展示できないので年間3〜4回転しているらしい。
これらの財宝は1949年、共産党の毛沢東に敗れた国民党党主 蒋介石が持ち逃げしたものという。
米軍の軍艦30隻で密かに運び出したらしい。
国民党幹部は「財宝か金の延べ棒か」と二派に別れ結論が出なかったが蒋介石のこの一言「金の延べ棒は台湾で必死に働けば手に入る。しかしこの財宝はいくら歯を食いしばっても手に入らぬ。」で持ち出しが決まったという。
中国の人はまだまだ之以上、北京に残っているというが本当かどうか分からない。
3日目は女房族のショッピングに付き合わされた。俺は記念に「天然ヒスイのパター」を買ってきた。
3パットしないようにおまじないもした。
最後「凄い下痢」に閉口した。
「兄さんのガイドが良かった」と義妹の一言が嬉しかった。
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