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昨年5月我が家にて
昨年12月17日(水)、早川君の奥さんから「純さんが12月15日、亡くなり
ました」と電話があった。 一瞬、茫然とした。
昨年(2025)8月10日朝、脳梗塞で倒れ、たった4か月後の事、見舞いにも
葬儀にも参列出来ず無念であった。
彼とは昭和38年3月末、東芝独身寮:日吉寮で始めて逢い、何とこれまで62年
間の付き合いをさせてもらった。
親、兄弟よりも長い付き合いとなった。
酒よし、ゴルフよし、カラオケよし、そして共通趣味の写真撮影も重なり、彼と共
に野山を駆け巡り、旅先で一杯やりながら語り合った懐かしい想い出は尽きない。
彼は大磯の我が家にも良く遊びに来てくれた。
俺の長女誕生の時も日吉寮から態々娘を抱っこしに来てくれた。
その彼があっと言う間に“帰らぬ人”になってしまった。
彼は昨年、5月25日(日)10:30、ひょっこり千葉の木更津から大磯の我が
家に「お前と一杯やりたい」とやって来てくれた。
二人で大磯の町を散策
今思うと今生の別れを告げに来てくれたんだと。
丁度大相撲5月場所:大の里が4度目の優勝をし、横綱昇進を確実にした日であっ
た。
「久々に日本人のいい横綱の誕生だ!」としきりに喜んでいた。
酒が進む内、俺がうつらうつらしていると長女夫婦に彼は“憂国の念”をしきりに訴
えていた様だ。彼が帰った後「お父さんの話よりずう~と面白く、楽しかった!」
と娘が言った。
彼は名前からして純粋で典型的な「肥後もっこす」で正義感溢れ、一度決めたら決
して曲げない「九州男児」であった。
惜しい友を亡くしてしまった。
想い出は走馬灯の如く駆け巡る。
「純さん、天国には我妻もいる、是非逢ってやってくれよ!俺もその内参る!良い
処見つけておいてくれ!又ね~」
おわり