高橋之治さんを偲ぶ
                  (文)石塚洋  2026/03/02

本記事は2025年10月16日に行われた故高橋之治氏の葬儀で朗読したものを再録した。


高橋之治さんへ

高橋さん、10月12日、あなたの訃報に接しびっくりしました。

10月6日 午前10:15、あなたからの電話が本当に最後となり未だ信じられません。

我々共は昭和38年、東芝入社以来、半導体事業部の同期で『三八会』を結成し、
「飲み会」だけでなく「家族作品展」「歩く会」「北海道の旅」「金沢の旅」「佐渡の旅」、そして「マレーシアの旅」等いろいろやって来ましたね。素晴らしい想い出が一杯出来ました。

東芝入社7年後、1970年、米国では車による大気汚染抑制を目的とした「マスキー法」が施行されました。

この法律を境に車の排ガスは「環境問題」として、世界の関心度は急速に高まりました。

早速東芝も翌年;1971年、従来機械制御が当たり前の「エンジン制御」にコンピューター化を提案し、米国フォード社との共同プロジェクトが結成されました。

当時東芝総合研究所で制御関係の開発をしており、またエンジン制御のコンピューター化と言う画期的な提案者でもあった高橋さんに白羽の矢が立ち、猛烈な奮闘の結果成功を収められました。

日本国内では勿論、米国デトロイト駐在と今、話題の残業規制など嘘のような、家にも帰らずの日々だったと良く語っていましたね。

フォード社との成功物語は東芝社内は勿論、我々『三八会』の大きな誇りでした。

以後高橋さんは総合研究所から半導体事業部に移られ、東芝車載用半導体開発業務に携わり、その道の黎明期を見事に切り開いてくれました。

東芝卒業後も我々共『三八会』は2000年から10年間「家族作品展」もやりましたね。

高橋さんは何時も「海外旅行の写真」を出展され、穏やかなニコニコ顔で写真の解説をしてくれました。

又今年で10年目になった「歩く会」にも昨年12月までは毎回参加してくれましたね。

何時も10名前後の仲間が集い、大半が歳を重ね足の動きもままならず、ランチ会場に急ぐ仲間 「この会は歩く会だよ!もっと歩くぞ‼」と高橋さんは仲間に発破を掛けて下さり、その健脚ぶり、兄貴分の貫禄に皆尊敬の念で一杯でした。

来月は「歩く会」も第98回目を迎えます。之治さんの居ない「歩く会」はとても寂しいです。

之治さん、あなたとの60年間の付き合いは最高でした。

心より感謝し、ご冥福をお祈り申し上げます。

安らかにお眠り下さい。

有難う! 之治さん!  

    
  令和6年10月16日        東芝三八会一同

 
(東京都荒川区町屋1-23-4 町屋斎場;告別式番式場 10:45~12:00


  
  
思い出の画像

   
    2008年11月 三八会ゴルフコンペ(足柄森林CC)


      2023年5月 オレンジドーム湯河原にて