多和平牧場(12時40分〜14時20分)
この牧場のキャッチフレーズは「360度地平線が見渡せる広大な大牧場」。
最近バーベキューやキャンプ場として観光客の人気スポットとなっているという。
とはいうものの「花より団子」で先ずは昼食。
すこし遅い昼食になったため、お勧めのここで飼育されているサフォーク種の羊のバーベキューが売り切れてしまっていたのは残念至極。
代わりに地元の標茶(しべちゃ)牛のビーフシチュー、ライス付に生ビールのジョッキを一杯で計2130円也。 美味しかった。
標茶ビーフとじゃがいもたっぷりのビーフシチューを食す
腹ごしらえができたところで展望台へと続く坂道を登る。
展望台から北を見ると摩周岳、西には雄阿寒岳や雌阿寒岳などが眼前に広がる。
目線をちょっと下にずらすと周囲は牧草地帯。初秋のさわやかな風を受けながら羊や牛たちがのんびりと
日向ぼっこしている。
芝生に腰を下ろして雄大な景色を見ているとまさに「これが北海道」という感じがした。
(後編)
細岡湿原展望台(14時50分〜16時10分)
多和平を出発したバスは一気に南下、坦々と交通量の少ない道を走る。
小一時間も進むと右にシラルトロ湖、これを過ぎると塘路(とうろ)湖が左手に見えてくる。
いよいよ釧路湿原の入り口に近づいてきた。
秋の夜、この湖の上に松明を灯した船を浮かべて、アイヌの人々が神に収穫を感謝する祭が行われるという。
やがてバスは右に折れ、進むにつれ舗装もなく細い山道に入って行く。
このあたりには湿原を見るための展望台がいくつか点在するが、車が入れるのはこれから行く細岡展望台だけ
のようだ。
これ以上もう大型車では進めない地点まで入って観光バスとお別れ。運転手さん二日間ご苦労様。
この後は徒歩で行動。石畳みの林道を進むと展望台が開ける。
別名「細岡大観望」と呼ばれるだけあって釧路湿原を蛇行する釧路川を眼下に見渡した眺望が素晴らしい。
天気がよければ湿原の北に斜里岳、摩周岳、西方向に阿寒の山々が望めるはずだったが、あいにく雲に隠れてしまった。
しかし、我々が到着する直前にさっと雨が通り過ぎたためか空気が澄み切って清々しい。
展望台入り口にある細岡ビジターズ・ラウンジまでゆっくり森林浴をしながら山道を下る。
ここではパネルを使って湿原の成り立ちなどを分かりやすく紹介していた。
まさしく「でっかいどう 北海道」だ
湿原展望台「細岡大観望」から見る釧路湿原
ノロッコ号(16時43分釧路湿原駅発、17時14分釧路駅着)
細岡展望台直下にあるJR釧路本線の釧路湿原駅まで10分ほど歩く。
小鳥の鳴き声しか聞こえない草深い山道を下りながら、この先に本当に駅があるのかちょっと心配になる。
10分ほど歩くと丸太小屋風の駅舎が見えてきた。電車が来るまで駅前で時間を潰す。
この駅は観光客の湿原展望のために作られた専用の無人駅だという。
しかし、この駅からさっきの大観望までは山道を20分近く歩いて上らなければならないので、かなり大変だろう。
釧路湿原駅
ホームで待っていると4時43分発釧路行きのノロッコ号がやって来た。
ノロッコ号の名前の由来は「釧路川の流れに合わせるように釧路湿原をのろのろ走る」ところから来ているそうである。観光名所に近づくと観光説明をしながら文字通りノロノロ運転をする。
外観は普通のディーゼル電車と変わらないが車内は木製の椅子とテーブルが備えてあり、観光客相手の季節電車であるがなかなか気の効いたサービスである。
右手に釧路湿原、左手は佐藤会長が子供の頃に山葡萄やこくわを採ったという山を見ながら釧路へと向かう。
途中で、「丹頂鶴がいる」の声があがる。かなり遠くだが、湿原の中に一羽が佇み、そこへもう一羽飛来するのが見られた。阿川さん見えましたか?
ノロッコ号での短い旅は終わり釧路駅に到着する。
ノロッコ号とその内部
釧路の夜
研修旅行恒例の打ち上げを釧路名物炉端焼きを囲みながら行うということで日もとっぷりと暮れた町に繰り出す。明日は帰りの飛行機の便が早いため、一日繰り上げての開催。
釧路の町の真ん中を流れる釧路河畔に近い「煉瓦」という店に入る。
炉端焼きは炭火の上に金網をのせ、その上で魚介類や野菜をただ焼いて食べる、要は「室内バーベキュー」だ。
先ずはビールで乾杯した後、いか、ほっけ、さんま、カレイを初め北海道の魚貝類に舌鼓みを打ちながら、飲み放題のビール、ワイン、日本酒、焼酎で話が弾む。
ただし明日の観光組みのレンタカーのドライバーを務める阿川さんだけは深酒しないように気の毒なくらい自粛していたようだ(お仕置きが怖い?)
宴会のあと心地よい夜風に吹かれながら、湿原を下り太平洋に流れ込む釧路川の川べりを散策。
佐藤会長が中学生時代に授業をサボって釣りをしていて先生に見つかったという思い出(?)の
幣舞(ヌサマイ)橋の袂をぶらつきながら酔いを覚ました。
美川憲一の「釧路の夜」の歌碑があり、そこで記念撮影。
歌碑といっても、歌詞は書かれてなく、その前に人が立つとセンサーが働いて、自動で歌声が流れるというハイテク歌碑だ。
「釧路の夜」で歌手としての地位を固めた美川憲一はこの曲にとくに思い入れが深いようだ。
1993年十勝沖大地震が起きた後、美川はただちに全国17カ所でチャリティーコンサートを開き、
その収入にポケットマネーを加えて釧路の被災地に寄付したという。
この歌碑はそれを記念して建てられたものだ。
釧路の夜は炉端焼きで打ち上げ会
美川憲一の歌碑の前で
夜の釧路川
ホテルへの帰途、繁華街を通る。
佐藤会長が子供の頃、懐に札束を入れた漁師と炭坑マンで人が溢れていたという場所もいまは人出がほとんどない。
元気のない地方がいまの日本の課題というがその典型がここにあるのか。
突然、誰かが「ラーメンを食おう」と提案。
熱烈タイガーズファンの親父が経営するその名も「虎屋」というラーメン屋に飛び込みで入り、
細麺の釧路ラーメンで腹ごしらえ。山田さんはたまたま居合わせたチェコ人の旅行者と話が弾んでいた(内容不明)。
ほとんど無人の繁華街
炉端焼き+ラーメンは食い過ぎと違うか?否、元気な証拠
かくして釧路の夜は更け2日目は無事終了。皆さん早朝からお疲れ様でした。
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