美しき学芸員今西さんを囲み鏑木清方記念美術館で(石塚さん撮影)
当日の朝、心配した台風10号は日本海に抜けたが天候は曇天で蒸し暑い。
但し雨の心配はなさそうだ。9時50分には参加予定者の10名が揃った。
早速最初の目的地鏑木清方記念美術館に向かった。
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鎌倉駅交番前で集合を待つ 早いせいか小町通りは人影が少ない
鏑木清方記念美術館
約10分程度で到着した。日本画の3大美人画家と言われる一人、鏑木清方(かぶらききよかた)の美術館である。
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和風作りで瀟洒な建物である
石塚さんがチケットを一括購入してくれたあと、学芸員が現れた。名前は今西和子さんと自己紹介してくれた。
美人であり楽しく聞けそうだ。約50分位説明をしてもらったが話振りは“立て板に水”で淀むことなく説明してくれた。
且つ説明が上手で分かり易すかった。
尚館内は撮影禁止、著作物の写真撮影も著作権があるから止めて下さいといわれたので写真は割愛します。
学芸員の話の内容は概略次のようであった;
・鏑木清方記念美術館は清方の旧居であり、現在は鎌倉市が財団として管理している。
・清方の人気が出て来たのは、国が清方の絵を5億4千万円で買い上げてからだそうです。
因みに4千万円は消費税であると聞いて皆一様に消費税の重みを感じた。
・清方は明治11年(1878)神田で生まれた。
・最初は小説家になることを希望していたが、日々新聞(現在の毎日新聞)に入社して主に挿絵を描いていた。
当時挿絵は現在の写真の代わりであった。泉鏡花の小説の挿絵も担当した。
・落語家三遊亭園朝の勧めにより日本画家水野年方に師事し、人気挿絵画家となった。
・29才の時日本画家に転向し、37才〜38才で自立できた。
・41才で横浜金沢八景に別荘を作った(現在は吉野家が営業しているところ)。
・昭和21年に鎌倉材木座に引越した。昭和29年に雪の下に移る。
・昭和29年(1954)に文化勲章を受章
・立ち姿の美人画は奥様をモデルにしていた。奧様がバイオリンを弾いている絵が飾ってあった。
当時バイオリンは人気の楽器であった。
・夕方になると文筆業に変身した。
談笑しながらではいい仕事が出来ないとの考えの持ち主であったという。
・71才の時、先師水野年方の肖像画を描いた。
・線を使わず、空気表現をする画風を編み出した。
・大正時代には展覧会が大衆的人気となり、卓上芸術を提唱した。「卓上の語り部」。
・画室も説明してくれた。船底天井の広い部屋である。
・日本画は展示したままでは退色してしまうので年4回くらい入れ替えるとのこと。
また見に来て下さいとの話があった。
川喜多映画記念館
寿福寺へ向かう途中に川喜多映画記念館があった。見学はしなかったが、入り口から敷地に沿って遊歩道があり、
一般にも解放され通行が許されている。ここを通りながら、庭を眺め、その奥に別邸として移築された旧和辻邸(和辻哲郎)
を見た。
記念館の解説掲示板から
旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)をバックに
寿福寺
横須賀線を横切ってすぐのところに寿福寺がある。人出は非常に少ない。
寿福寺は鎌倉五山の内、第三位の寺で源頼朝が亡くなったとき弔いのため、妻の北条政子が創設した。
ここの参道は細いが一直線に続き、鎌倉一美しいとされる石畳で有名である。
寿福寺参道にて
本堂の近くには柏槇(ビャクシン)の古木が立っている。鎌倉市の天然記念物という。
年間を通してわずかな期間(正月とゴールデン・ウィーク)を除き中門以降本堂へは立ち入り禁止であり、
中門の外から撮影した。
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寿福寺本殿 柏槇(ビャクシン)の古木
寿福寺は北条政子・源実朝の墓があることでも知られており、参拝した。
一般の墓地がある道を通り抜けていくと、裏山の岩を刳り抜いた「やぐら」と呼ばれる祠の中につくられた北条政子と実朝の墓が並んでいる。
非常に質素な墓であり、驚きである。源頼朝の墓も質素であるが、日本の一時代を築いた要人なのに墓が極めて質素である。
このことは鎌倉武士が信奉した質実剛健の象徴であると言われている。
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北条政子の墓 実朝の墓
鎌倉武士の前身は坂東武士であり、彼らは領主とか武士とは名ばかりで、実質は開拓民だったという。
関東一円の土地開発という厳しい労働と貧しい生活環境の中で、鎌倉武士の基本思想である質実剛健が生まれ、
鎌倉幕府を頂点とする権力を握った後も、この精神は受け継がれたという。
このことを示す例として鎌倉武士の典型的な食事の献立が
・玄米
・梅干し
・イワシの焼き魚
・大根の味噌汁(皮付き、葉っぱ入り)
と伝えられている。
打上げ
参拝が終わって昼食をする時間となった。再び小町通りを通って鎌倉駅に向かった。
人出は朝来た時比べ大分混雑していた。顔ぶれは東南アジアの観光客のようであった。
鎌倉駅前の食事処「仕立屋」が予約されていた。
全員揃ったところで小野山さんの音頭でまずは乾杯 動画はこちら
名物のアジフライと刺身を味わいながら昼食を楽しんだ。
約1時間程で食事が済み、まだ早いからということで下の階にあるStarBucksでコーヒーを飲んだ。
台風が過ぎた後の蒸し暑い夏の日ではあったが、美術を観賞し、古寺を参拝し、そして食事をして過ごし満足した一日であった。
尚公式の歩数は5,800歩であった。(高橋さんの万歩計数値を採用)
おわり