両国駅前にて
2019年1月10日、今季一番の冷え込みというこの日、三八会の面々13人は、新春一番の山八会を挙行、東京両国の国技館を起点に界隈を散策した。
参加者は最近では最大の13名(阿川、荒木田、石塚、大川、小野、小野山、柏木、高橋、浪本、早川、広瀬、深作の各氏と進藤)である。
当日は東海道線が事故で30分ほど遅延し多少の遅れは出たが、ほぼ定刻通り両国駅に集合、早速記念写真をパチリ。
駅構内には横綱の写真や身長をしめすイラストなどがあり、いかにも相撲の駅という感じでとても華やいで見えた。
歴代横綱の身長比較。曙がいかに大きかったかが分かる。
さて、両国の地名について一言。
両国とは橋の名前に由来していて、1657年の明暦の大火で橋がないために逃げ場を失った多くの人が死んだことを受け、
幕府が隅田川に大橋をかけたが、その名前として隅田川を挟み西の武蔵、東の下総の両国をつなぐことから両国橋とよんだことから両国の名前ができた。
さらにもう一言、以前に国技館があった蔵前(両国国技館のほぼ対岸に位置するが)は、幕府の米蔵があったことに由来するとか。
駅前に出るとそこもやはり相撲の世界、国技館の建物やのぼり、櫓などおなじみの風景が飛び込んでくる。
国技館前で記念撮影
![]()
のぼりの下を行く綺麗どころ?(早川さん撮影) 櫓
国技館本体のわきにある相撲博物館に向かう途中、関取の魁聖(だと思うが)が国技館に向かって歩いてきた。
これ幸いと一緒に写真に入ってくれるよう頼んだが、すげなく断られ一同残念がる。意外と冷たいものだと感じた。
相撲博物館の中に入ると予想に反してこじんまりとして、相撲に似合わない狭さ。およそ10m*20m程度か。
従って展示物も昔の錦絵が数点、江戸時代の横綱の使用した横綱、 それに歴代横綱の絵と写真程度で博物館と言うには
ちょっと寂しいものを感じた。ここは撮影禁止のため、写真を撮ることが出来なかった。
小野さんが相撲博物館と隣接する相撲協会事務所で、まもなく始まる初場所の番付表を購入。
一部55円と意外に安いものだ。
番付表を入手しご満悦
次に向かったのがここからすぐ近く、北側に位置する旧安田庭園である。ここは元禄年間に綱吉の生母の実弟が下屋敷と
して拝領したところで、明治に入ってからは安田財閥の初代が所有したことからその名を冠しているとのこと。
典型的な日本庭園で中央に池がありその周りに散策路がある。
当日は生憎工事中で回遊できなかったが、寒さのため池は全部氷に覆われていて、それはそれで趣があった。
そのような事情で庭園は殆ど見ることが出来なかったので、早々に庭園のすぐ後ろにある次なる場所の横網公園に向かった。
ここは国技館のすぐ近くにあるのでテッキリ横綱公園かと 思いきやヨコアミ公園とあった。これを意識して網にしたのでは
ないとは思うが、わざわざアミにしたのはちょっとそんな気も在ったのではと勘繰りたくなる。
この公園には、関東大震災の被害者を祀る東京都慰霊堂が建立されている。
そして、大震災の惨禍を長く公正に伝えるためにこの慰霊堂の付帯設備として建てられた復興記念館がある。
しかしツナかアミかなど、つまらぬ詮索を吹っ飛ばすほどの展示物が公園内の復興記念館のなかにあった。
それは関東大震災の時の相模湾沿岸の大津波の様子と東京の惨事を描いた絵である。
大型の油絵が講堂の壁側上部に何枚も掲示されており見る者を圧倒する。小生はこれを見ただけでも今回の会は来たかい
があったと感じた。
![]()
東京都慰霊堂(早川さん撮影) 復興記念館の内部
ほかの皆さんと、もうこのような惨事は経験したくないし、見ないで死にたいね、などと語りながら次なる目的地、
回向院に向かった。
回向院までの道のりはちょっとした散歩道で10分ちょっと、東京の下町のメイン通りを歩いて隅田川のほとりにほぼ近い
同院まで三々五々ウォーキングした。
回向院は浄土宗のお寺で綱吉の命で振袖火事(1657年)の10万人の犠牲者を祭るために建立された。このお寺はその後も
安政の大地震の死者を始め大凶事の犠牲者を祭る寺として よく知られることとなった。びっくりしたのはそのような歴史あるお寺だが、つくりは至ってモダンでお寺というよりレストランかホテルのような外観であり、住職の大胆さが伺われる。
ここには赤穂浪士の討ち入り図がありそれを高橋さんが写真に撮ってきてくれたので記載します。
赤穂浪士の討ち入りと回向院がどのような関わりがあるかはこちらを参照
歌川芳員筆 忠臣蔵討ち入りの図(高橋さん撮影)
さて、そろそろ皆さん疲れてきてそぞろ歩きもほぼ終盤にさしかかりここからまた10分程のところにあるレストランに向かう。
ここから先は両国橋を渡って両国にバイバイし神田に入ることになる。下総から武蔵に向かうわけである。
途中には横綱横丁、大きいサイズの〇〇店、力士用の座布団屋とか相撲がらみのグッズ、場所が散見されさすが国技館の近所だわいと感心させられる。
そうこうしているうちに両国橋を渡るがそこからは隅田川の何とも言えないのどかな風景と
はるか昔の花柳界をしのばせる柳橋が見えてくる。この柳橋は神田川の隅田川との合流地点に架けられており花柳界と隅田川双方の入り口という意味では、 結構名所らしき場所ではあるが、実物は至って不愛想で、武骨な鉄鋼つくりの橋脚である。
両国橋上で。右奥に見えるグリーン色の橋が柳橋(石塚さん撮影)
散策の締め最後は恒例の昼食アンド飲み会である。
今日の会場は神田の「さん葉か」というところである。サンヨウカと読むのかサンバカと読むのかを聞き忘れてしまったが、
名前はさておき日本料理屋的なつくりで結構おいしい品が並んだ。
特にご飯は絶品(ほめすぎか?)で皆さん2,3杯とおかわりをしていた。そのご飯を肴にお酒も進みノンベイの諸君も楽しそうだった。
![]()
「さん葉か」の入り口 料理の数々
「さん葉か」での締め
店を出てから高橋さんがこの店の隣は小石久太郎さんおお宅だから行ってみようということで尋ねてみたらまだ表札が
掛かっていてビックリ。
それぞれ先輩の思い出話を咲かせながら帰路の駅浅草橋へと向かい、そこで解散となった。
総歩数は約7,600歩であった。
おわり
先輩宅の表札