海跡湖紀行(下)
佐藤 幹郎
千日回峰
次の目的地、勇洞湖に向かう途中で荷物を載せた手車を引き黙々と歩く修行僧を追い越す。
何せここは北海道の山の中。すでに午後一時を回り、日の暮れぬうちに人家のあるところまで行き着けるの
だろうか?
写真を撮らせてもらい、話を聞こうと車を反転させる。
「お姿を撮らせていただいてよろしいでしょうか?」
「どうぞお好きなように。ただし、歩みを止めませんので、、、」
写真を撮ってから並んで話しかけようとするが、歩くのが速すぎてこちらは小走りに近い状態。
年の頃は40歳代から50台前半のがっしりした体格だ。
「どちらから、どこまで?」
「日本一周するのに四国を今年二月に出ました」
「一周を終わられるのに何年かかりますか」すぐ分かったがこれはまさしく愚問であった。
「はっきりとは分かりませんが、年末までには帰り着くかと」
「一日歩かれる距離は?」
「正確には計ったことはないのですが、25km位でしょうか」
「大変ですね」これも大愚問!
「比叡山には千日回峰という荒行中の荒行があります。簡単には1000日で4万km、地球を一周以上歩きます。平均で一日十里、もっとも厳しい後半には一日十五里を歩かねばなりません。北海道は広いので、野宿のために簡単なテントを積んでおりますし、足もご覧のようにスニーカを履いてお ります。道もきれいに舗装されております。
昔の方は石ころ道をわらじ履きでほとんど何も持たずに修行をされたわけですから、これに比べれば、私の いまやっていることはまだまだです。」
ふ〜む。ダイエットのために一日4km歩けるかどうかなどを問題にしている小生は赤子にも及ばぬのかも
しれない。
お礼を言って別れる。お坊さんを撮り終えたところでデジカメのメモリが満杯となる。道ばたに停めた車の中でパソコンにデータを転送する。
勇洞湖
ネットで事前調査したところ、アオバトの生息が観察されているので出会えれば幸いと少し期待が膨らむ。
ナウマン国道を再び左折して海岸へ向かって走ると、すぐ右手に湖が見えだした。
湿原に近い状態の湖が林の間から顔を覗かせる。
勇洞湖入口 湖岸に近いところは湿原に近い状態
程なく展望台があり、上ってみる。
ここはキャンプ場のはずだが、人影はなく、そのせいか展望台の階段はすっかり夏草に覆い隠されている。
ものの本によれば、海跡湖というのは海水が淡水化されると、次には湿原となり、最後には水がなくなって、湖としての一生を終えるそうだ。
その寿命がどれほどかは分からないが、遠い遠い先にはこの湖も消失してしまうかのかと思うと年甲斐もなく感傷的な気分になる。
茫々たる太平洋からの風の音だけが聞こえるせいかも知れない。
展望台より 道路の右が勇洞湖、左側には太平洋の海岸が広がる
アオバトに会おうと湖岸や海岸をぶらついてみる。海岸で鮭釣りをしている人に訊ねるが知らないという。
波打ち際で憩うカモメの姿をカメラに収めて次の目的地である生花苗沼に向かう。
黙々と一路四国へ
生花苗沼
難読地名の多い北海道の地名の中でもトップクラスにランクされる。
「おいかまない」沼と読む。ついでに沼も「ぬま」ではなくアイヌ語で同じ意味の「とう」に従います。全体で「おいかまないとう」と読む。
海岸に至る途中の湖岸にサンクチャリ(野鳥観測所)が設置されているというので、先ずそこへ立ち寄って
みた。
湖岸を見下ろす森林の中を、車一台やっと通れる道を進む。
駐車場に着くと、木々の葉擦れの音だけが聞こえるだけで、誰もいない。ヒグマが出てきても不思議ではない雰囲気でちょっとばかり恐怖心が沸いてくる。
野鳥観測所下の生花苗沼の岸辺
サンクチャリから野鳥が見られるか期待したが、残念ながら海からやって来たカモメ以外には
会うことが出来なかった。
北海道の野鳥は子育てが終わり、巣立ちした子供とどこかに行ってしまったのかも知れない。
渡り鳥がやってくる季節にはまだ早く、ちょうど端境期なのかもなどと、勝手に解釈して海岸の方へと
向かう。
この生花苗沼の海と湖水との接点が道路のすぐそばにあるので、海跡湖の特徴をよく見ることが出来る。
上の太平洋と下の生花苗沼を隔てるのはわずか10mほどの砂堤
晩成温泉というのがここからすぐ近くだというので寄ってみることにした。
太平洋の大海原を眺めながら入浴できるので人気があるそうな。
とくにヨード分が他の温泉の10倍以上の高濃度で高血圧にも効能ありとか。
5分ほどで到着、帰り道の居眠り運転が恐いので、入浴すべきかどうか大分迷ったが、今回は止めにした。
腹が減ったことに気が付く。午後2時半、遅い遅い昼食をとるため、温泉場の中にある食堂に入る。
手持ち無沙汰の食堂のおばさんと話をする。
「生花苗沼で大型シジミがとれるそうだね」
「えゝ大きいのは5cm位になるよ」
「いまここで食べられるかい」
「3cm以上になるのに10年ぐらいかかるので、漁が出来るのは八月頃にたった二日だけ。
ほとんどは内地の料理屋に出荷されるので私らも食べたことないよ。もちろんいまここにはない。
酒蒸しにすると蛤より美味しいらしい。残念だね、お客さん」
残念、残念ということで、十勝名物の「豚丼」を注文する。
豚丼は今から70年ほど前、帯広で生まれたという。雪原を走り回って育った豚を使ったものがとくに美味と言われる。
出てきた豚丼、肉の表面はカリッとしているが、中は肉汁がたっぷりでタレは少し甘みがある鰻丼のタレによく似た味付けである。
美味しい豚丼を食べた後、車の中で30分ほど仮眠をとる。
帰り道は、十勝と日高を分ける標高800mの難所である日勝峠を越えねばならない。
携帯電話のアラームで目覚め、家まで約3時間のドライブをスタートする。
おわり
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