5月31日は、朝食後ホテルのすぐ近くにある佐渡博物館見学からスタートした。
すぐ近くといってもほぼホテルの敷地内に建っていて、ホテル前に広がる松林庭園の中を歩いた
ところにあった。
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松林の中を博物館へ 佐渡博物館へ到着
この博物館は総合博物館で、ここだけで佐渡の全てがわかるというほど内容が充実したものであった。「佐渡金銀山展示室」「美術工芸展示室」「自然・考古・歴史・民族展示室」からなり、5億年かけて大地の島となった佐渡の各種展示物を時間をかけてゆっくり見学した。
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中川さんの説明で佐渡の歴史を知る 佐渡の仏教を学ぶ
旧中山トンネルで「臼歯」が発掘された恐竜「パレオパラドキシア」や能面の展示など多数の展示物はどれも迫力のあるものであったが、岩石・化石の展示室では、石を見て墓石と想像するメンバーもおり展示者の苦労が偲ばれた。
博物館見学後、昨日と同様、中川先輩の車とジャンボタクシーに分乗し2日目の観光に出発。
ジャンボタクシーのドライバーの長田圭希さんは「佐渡市地域英語通訳案内士」「金銀山ガイド」
「ときガイド」などの肩書きを持ち知識と話題が豊富で実に楽しい話を聞くことができた。
ガイドは公認資格で「ときガイド」も約100名ほど居るとのことで、ランクが「普通」「博士」「満点博士」に区分され、「満点ガイド」資格は2名しかいない厳しいものと伺った。
次への移動中の長田さんの話では、日本に約100箇所ある「能舞台」の内、佐渡には33箇所の「能舞台」があるとのこと。薪能などを通じて、演者とそれを鑑賞する人々の生活そのものの交流の場となっていることが地元の能と能舞台を大切に伝承出来ているなど佐渡と能の関わりを教えられ感動を覚えた。
その後「梨の木地蔵」で木喰明満作の木喰像(大黒天像)を見学した後、旅のハイライトでもあるトキの森公園へ移動。
トキの森公園は、「資料館」「ふれあいプラザ」「保護センター」「多目的飼育ケージ」からなり、公園入り口には、「最後のトキ」である「キン」の石碑があった。
案内図
普通のトキの寿命は〜20年であるが、「キン」は、36年、人間で約100歳ほどまで生きたとのこと。飼い主の「宇治金太郎」さんのキンからの命名で、金太郎さんが、「キン〜」と呼ぶと必ず飛んできたそうで、愛情あふるる自然のトキと金太郎さんの触れ合い、そして共に生きた情景が浮かび感動した。
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「さくら」と雛鳥 別の場所から見守る「勇気」
「多目的飼育ケージ」では、今年のつがいはオス(勇気)とメス(さくら)の新カップルで、もう雛が1羽巣立ち前で観る事ができた。昨年までのカップルは、育児放棄をしたそうで、トキの世界も大変な様である。
「ふれあいプラザ」には、多数のトキが自然への放鳥まで飼育されており、「トキと人間が一緒に住めるのは環境に良いことである」との基本理念の基、実践されていた。今年は丁度、放鳥10周年になるとのことで、記念に可愛らしい「トキポスト」が製作され展示されていた。自然に羽ばたく多数のトキの群れが、観られる日がくることを祈念してやまない。
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最後のトキ「キン」の石碑 トキポスト(飾りではなく郵便局の本物のポスト)
次のポイントへの移動中、「トキロード」を通った。ドライバーから「放鳥されたトキがみられるかも」との説明があり、
皆の目は、自然の中のトキ探しに夢中となり、何か白やピンクの色のものを見つけると、「トキだ〜トキがいた〜」と叫び合いながらの移動となった。サギだったり、田んぼに置かれた肥料の白いビニール袋の誤認と判っても次々に探す、楽しい道中となった。
妙照寺は、日蓮が監禁2番目の寺で、滞在3年間の間に「観心本尊抄」を記述したと伝えられる茅葺の本堂を構えた立派なお寺である。
妙照寺にて
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法華曼荼羅 本堂で手を合わせる
本堂の前には立派な石碑があり、日蓮が佐渡に流されていた間に図顕したとされる佐渡始顕本尊を復元したパネルがはめ込まれていた。本堂への入り口から思わず中へ入って手を合わせた。荒木田、浪本の両氏も続いたが、何を祈ったのだろうか。
その後「そば処徳平」へ移動し昼食タイムとなった。地粉で手打ちとの記述があり期待して「天ざるそば」を注文、確かに手打ちであるのを実感して美味しく頂いた。店内には、名物米「トキと暮す里米」が売られていた。米を作る農家も肥料は80%無農薬を使うなど、トキへの愛情と人間にも良い結果を生むという、人間にとっても不可欠な存在なのだと再度実感した。
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そば処徳平 天ざるを食す
昼食後、妙宣寺へ移動。日蓮の1番弟子である「阿仏房」のお寺で、広い境内には立派な「五重塔」が建立されていた。この塔は宮大工親子が二代90年に亘って建造したもので、実に見事な美しさである。境内の池や蓮などの綺麗な花々とお寺と五重塔が美しく調和した景色は素晴らしく、一同ゆっくり静寂の中を散策し充分堪能できた。
妙宣寺にて
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阿仏房 五重の塔
さまざまな花が咲き乱れる妙宣寺の庭
妙宣寺から佐渡国分寺跡を経由し、真野御陵へ向かう。
真野御陵は、順徳天皇が20歳で佐渡へ渡り、20年間過ごした後、火葬に付された墓跡で、現在も宮内庁管轄になっている。ひっそりと深い木立の中に佇む墓跡には、一抹の侘しさが感じられた。
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真野御陵 順徳天皇火葬塚
近くの売店では、色鮮やかな「赤石」が処狭しと並べられて、ブレスレットなどの加工品が売られていた。お茶を御馳走になったが、我々以外に客の姿は無く、閑散としていた。
赤玉石の前で
その後大佐渡スカイラインに入り、尖閣湾の相川を目指す。スカイラインの途中にある白雲台交流センターで休憩。この佐渡の旅では、奇跡的に天気に恵まれ、白雲台からの眺めは、両津湾と尖閣湾の両方を眺望することが出来た。感謝!!
白雲台で一休み
白雲台からの眺め(ここをクリックしてパノラマ写真へ)
また山の頂上付近に設置されている佐渡自衛隊のガメラレーダーも観ることが出来た。円谷監督の「ガメラ」に因んで大きな亀の甲の表示も霧雨にもかかわらず何とか見ることが出来た。
尖閣湾に移り「弁慶のはさみ岩」を見物。弁慶が金北山(1,172m)から投げて挟まったとの伝説。見事に挟まった岩に感動。
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霧雨に煙る自衛隊のガメラレーダー 弁慶のはさみ岩
さらに進んで尖閣湾揚島遊園へ。ノルエイ語の「ハルダンカンベイ」の日本語訳が「尖閣湾」となったそうで、佐渡の国際化を感じた。雄大な海岸美は、いつまで観ても飽きない魅力のあるものであった。
映画「君の名は」のロケ地として有名で、観光名所になっていた。
尖閣湾の風景
この頃から、ぐずついていた天気がさらに怪しくなり、ついに本降りになった。
しかし、三八会の旅行にはしばしば「奇跡」が起こる。記念に集合写真を撮ろうとバスを止めたら、何と一瞬雨がやんだではないか! そして写真を撮りおわると雨が滝のように降り出した。おまけに風も強く吹き出した。
尖閣湾を背景に
ほうほうの体で、一路今日の宿泊先の「ホテル吾妻」へ向かう。
ホテル吾妻に到着、ここで2日間御世話になったジャンボタクシーのドライバーの長田圭奇さんとは終了となったが、素晴らしい解説と案内の数々に皆で御礼の挨拶握手でお別れした。
チェックイン後、18:15分から夕食、はちめ(メバル)の煮付けやズワイガニなどに舌鼓を打った。
佐渡の無農薬米から造られた地酒「拓(ひらく)」を飲み交わし、宴はどんどん盛り上がってくる。
佐渡の銘酒「拓」と紅ズワイガニのご馳走
宴もたけなわの頃、中川さんと懇意にしている美人の女将が登場!
お酌をしながら、「そろそろ一曲お願いする時間ですね」と持ち掛ける。
中川さん、快諾! 一曲ではなく二曲を歌う。
久しぶりに聴く歌声。東芝時代からその美声は有名だったが、齢八十にしてまったく衰えず、深みが加わり、「貝殻節」と
十八番の「佐渡おけさ」に感動。一同からも拍手喝采! (中川さんの熱唱はこちらから)
ところが宴が終盤にさしかかった時、「皆さん、夕日が眺められますよ」との知らせが、、、
「夕陽にいちばん近い宿」として有名なホテルからの夕陽が、19時頃からとは聞いてはいたが、さっきの風雨ではだめだろうと皆諦めていた。
酔いがまわる足を踏みしめでホテルの外へ出て夕陽を眺めた。先程までの雨が上がり、素晴らしい夕陽をそして虹までも堪能することが出来た。またまた起きた奇跡ではあった。
20:20分からは、ホテルのバスでライトアップされた佐渡金山浮遊選鉱場の見学に参加した。目の覚めるような赤、青、白にライトアップされた遺跡群は、素晴らしく昔日の華やかさまで感じられるものであった。
ホテル吾妻からの奇跡?の夕日
ライトアップされた佐渡金山の浮遊選鉱場跡
ホテルに戻ると21:00分から広いロビーで、「七浦民謡研究会」有志による踊りがあった。最初の踊りは、「相川甚句」であったが、これは佐渡の村々での盆踊りが起源で、手ぬぐい被りで軽妙な踊りである。2番目の踊りは、「相川音頭」で、これは別名「御殿踊り」とも言われる相川の中で生まれた踊りとのこと、最後の踊りは、正調「佐渡おけさ」である。
これはルーツが熊本の原曲だそうで別名が、「選鉱場おけさ」とも言われ佐渡の金山とは、切っても切れない縁のある踊りである。
「音頭」と「おけさ」は、菅笠を被り優雅で綺麗な踊りであった。ホテルの心温まるイベントに感謝しつつ床に就いた。
相川甚句を動画で見る →動画再生
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