9月7日 7:00 朝食 ご飯が「あめる」
地震から一夜明け、朝食はいつも通り、ご飯、卵目玉焼き、納豆、味噌汁それにトマト缶ジュース。
毎朝の定番である。
「このご飯あめていないか?大丈夫かな」と私が言うと、家内は「大丈夫でしょう」と答える。
「あめる」とは津軽や北海道の方言で「食物が腐敗する、痛む」と言う意味である。新潟生まれの家内にもこの方言は通用する。
我が家では、節電のために、炊飯器の「まとめ炊き」を行っている。4日分を一度に炊き、残った3日分をタッパーに入れて冷蔵庫で保存する。
家内は朝はパン食で、私も時々晩飯でご飯を抜くことがあるので、場合によっては、一週間前に炊いたものを電子レンジで温めて食していることも珍しくない。
こんなことをしていて、米を買うときにブランドにこだわっている意味がないなどと、言いながらこの10年ぐらい過ごしてきた。
冷蔵庫が停まって27時間あまり、タッパーの中のご飯は食べて大丈夫かというのが
「あめていないか?」
という会話になったのである。
昔は炊いたご飯はおひつに移した。炊きたてご飯の水分のコントロールだけではなく、「ひのき」や
「さわら」の木から出る成分が、ご飯を腐らせない働きをした。さらに少し経ったら、ご飯を竹の皮や笹の葉に包んで保存した。これも殺菌効果を知っていた昔のひとの智恵だったのだろう。
「あめた」ご飯をどうやって食べたか、が話題になった。
「腐りかかったご飯をザルに乗せ、冷たい井戸水に浸して揺する、そうすると米粒の表面のあめた部分が削げ落ちて食べられるようになる」と家内が終戦直後の子供時代の話をした。
「やった、やった俺の家でも同じことをやったよ」と変な話で盛り上がった。
われわれは便利で豊かな世界で暮らしてはいるけれど、本当は生きる力は弱くなってしまった日本人ではないのか?!
「カセットコンロで炊飯してもいいが、ガスを大食いするので、明日からはパックご飯です」
と家内が宣言、コンロのカセットボンベを求めて、少し早めに町へ出かけることにした。
8:00
車で町に1つしかないホームセンターへ向かう。
地震後はじめて見る町のメインストリートを通ると、地震の被害の大きさが予想以上のものだったことが
わかった。小さな町なので、半分近くが倒壊または半壊しているように見える。
![]()
![]()
上の写真の読売新聞の販売店の一階には鯛焼き屋があった。帰省した孫たちのお気に入りの店だった。
一階が完全に潰れていた。放心して立ちすくむ鯛焼き屋のおばさんに訊くと、二階に寝ていたが、「地震が終わって外を見たら二階が一階になっていた。鯛焼きはもう閉めるしかない」という。冬休みに孫たちがこのことを知ったら残念がるだろう。
9:00 ホームセンター
いつもの開店時間の少し前に店に到着したが、すでに20人ほどが行列していた。
並んでいる人たちの会話は、どこのガソリンスタンドが開店しているかということだ。
「知人の情報で、札幌は停電が解除された地区があるというので、札幌まで給油に出かけたが、営業している店がなく、残りがほとんどゼロになって困った」「苫小牧のスタンドもまだ営業していない」など車がないと生活出来ない土地柄として深刻さがうかがえる。
いつも9:00の開店時間が、9:30開店の張り紙が出された。
店員が現れ、「店内が停電しているので、ヘッドライトを点け、懐中電灯を持った店員が二人で客を二人づつ案内し、買い物が終わったら次のお客二人を案内する」と説明があった。
レジは外に置いた小さなエンジン発電機で動かしている。
行列は予想外にスムースに進み、約1時間で自分の番が来た。真っ暗な店内はちょっと異様だったが、家内に頼まれたカセットボンベお一人様6ヶまでと、同じく2Lのミネラルウォーター6本入り1ケースを買うことが出来た。単一の乾電池は売り切れで買えなかった。
家に帰り、家内に訊くとまだ、水道は出ているという。しかし、時々濁るので、飲用しないほうが良いだろうと言う。とりあえず、浴槽一杯に水を張り、15年前の災害時に買った水容器(23L入り)2個も満タンにした。これで水は断水になっても、当分大丈夫だ。
ミネラルウォーターが切れたら、これらの貯めた水を煮沸して飲めば良い。アフリカの難民などはもっと汚い水を飲んでいるのだ。問題はガスコンロのボンベ。家内の計算では1.5本/日で在庫も入れてあと一週間は保つかもと言う。
![]()
災害用の水容器は使いにくい。満タンにすると23kgにもなるので老人の力では運んだり、傾けてコックから水を出すのはほぼ不可能だ。
仕方がないので、水の出し入れには、灯油用のサイフォンポンプを使っている。家内は別な商品を探したいという。
12:00 昼食
昼飯は冷凍庫が停止して溶けてはいるが、加熱するのだから、何とか食えるだろうと残してあった最後の「チャーハン」だ。
いつもなら、電子レンジでチンするだけだが、電気が使えないので、ほんの少し油を引いたフライパンで炒めたという。
「あれ、これいつも食べてるやつに比べると数段美味いね」と言うと、家内は「便利と引き替えにわれわれは味を犠牲にしているのよ。それが冷凍食品でしょ」と言って笑った。
昨日は冷凍庫が停まり、溶けてしまわぬうちにとアイスを2本も食べてしまったのを思い出した。
14:00 単一乾電池
単一乾電池は普段はあまり使われないのに、災害時には懐中電灯やランタンなど停電時の照明用に必要になり、売り切れが続出する。東日本大震災の時も、関東地方の友人・知人に頼まれてあちこちに送った記憶がある。
今度は自分の番だ。家の中に沢山ある単三や単四を単一に変換するアダプターを買ったのを思い出した。
これにひげ剃り、リモコンや孫の電動玩具などに多く使っている単三電池を活用するすれば何とかなるのではないか。これらの用途に使ってきた充電池「エネループ」がすぐ十数本集まった。ニッケル・水素電池のエネループは「充電して1,800回繰り返し使える。暮らしを変える電池」のキャッチフレーズで、今はない三洋電機の花形製品だった。つくづく時代の流れを感じる。
![]()
エネループと充電器 単三>単一アダプター
車のエンジンをかけ、電池の充電を始める。ラジオで経産大臣が一週間程度で停電解消する見込みと言ったと伝えている。長期戦にならなければいいが。スマホや携帯電話の充電も併行し、約2時間で終了。
車があってよかった。ない人はガソリン・エンジン式の発電機(インバーター)が要るかもしれない。
いや、車があっても災害用設備として一台あっても良いかなと、思わずスマホでアマゾンでいくつかの商品を検索してみる。
16:30 夕食
今日も早めの夕食。コップ酒を2杯飲む。ちょうど酒がなくなった。
町のスーパーは2つとも今日はまともな営業をしていなかった。カップ麺やドリンク類、棚から落ちて包装が汚れたけれど中味は大丈夫なものなどを、真っ暗な店内から運び出して、玄関先で売っている状態。
明日はちゃんと酒が買えるだろうか、などと考えながら早めに床に就く。
スーパーの軒先販売
PC老人の震災日記(1)へ
PC老人の震災日記(3)へ